6.『立て籠もり事件の結末』 6-1
今日も外回りがてら、のんきに街を闊歩していたのだけれど、不意に警察車両に追い抜かれた。二台は音もなく赤色灯を回している。そのあとに黒いハッチバックがついて走る。何かあったことは明白で、パトカーがウーウーとサイレンを鳴らさないところを見ると、デリケートな事件なのかもしれないなと予感させられた。
どうでもいいかと思う反面、関心を抱いた。そういった感情を持ってしまうこと自体、良くない。興味本位で動くことは浅ましいと言えるからだ。わたしはまだまだ探偵として修業が足りないらしい。だけど、気になってしょうがないわけで。
二台のパトカー、及び黒いハッチバックの計三台は、すぐそこで左方に曲がった。あとを追う格好で折れたところで、パトカーが横に並んでいるのが見えた。
二台の間を割るようにして、ハッチバックが進む。パトカーから三十メートルほど離れた前方で停車した。
速やかに場を立ち去るよう、制服警官が野次馬に促す。人払いはやがて済んだ。それを待っていたらしい。一台のパトカーから知り合いがおりてきた。黒いスーツに鮮やかなブルーのネクタイを締めているルイ刑事である。
制服警官はわたしにも「引き返せ」と言うのだけれど、ルイ刑事は近付いてくるなり、「彼女はいい」と述べた。どうやら相手をしてもらえるようだ。
ルイ刑事が、「メイヤさん、どうしてここに?」と訊いてきた。「偶然、近くを歩いていただけです」と、わたしは答えた。それから「いったい、何があったんですか?」と尋ねた。
「そこの『薬局』で立て籠もり事件が起きてるようなんです」
確かに、ルイ刑事が指差す先には小さな『薬局』がある。建物は曇りガラスに包まれており、出入り口にはシャッターもおりていることから、中の様子を窺い知ることはできない。
「芳しくない状況ですね」
「まあ、事件というのは往々にしてそういうものですよ」
「それにしても」
「なんでしょう?」
「いえ。ルイ刑事はクスリが専門だとお伺いしたように思いますから」
「それ以外にも仕事はするんですよ」
「あ、今更なんですけれど、ルイ刑事と呼ぶのは失礼でしょうか?」
「いえ。かまいません。署内でもルイで通っているんです。ファミリネームで呼ばれるより、ファーストネームのほうがしっくりきます」
「では、敬意を込めて、ルイ刑事と呼ばせていただきます」
「別に敬意は必要ありませんよ」
「それで、犯人から何かを要求するような連絡はあったんですか?」
「ありました。一千万ウーロンと車を用意しろとのことでした」
「一千万ウーロンとは、またリアルな数字ですね」
「我々がすぐに用意できるであろう金額を提示したつもりなんでしょう」
「犯人の数は?」
「男一人です。通報してきた薬剤師からの情報です。『薬局』の関係者は全員、解放された模様です」
「じゃあ、人質の数は?」
「それも一人だそうです」
「どうあれ、人質が取られている以上、安易には動けませんね」
「そういうことです」
「なんでしたら、わたしが交渉してみましょうか?」
「冗談でしょう?」
「いえ、本気です」
「貴女を危険にさらすわけにはいきませんよ。ミン刑事が目を吊り上げて怒るでしょうから」
「わたしにはネゴシエーションの心得はありませんけれど、交渉人が女であれば多少ながらも警戒心は薄れると思うんです」
「それはまあ、そうかもしれませんが」
「一千万ウーロンはハッチバックに積んであるんですね?」
「はい。スーツケースに入れて」
「では、行ってきます」
「だからメイヤさん、私は貴女の身の安全を思っているわけで」
「でも、行ってきます」
「まったく、貴女の行動力にはかなわないな」




