5.『黄金の蛾、再び』 5-1
ある日の午後。
インターフォンを受けて、「はーい」と返事をした。ドアの覗き窓から外を確認すると、その男性は「刑事です。ルイ・キューンといいます」と名乗った。
ブラウンの髪は七三に分けられていて、身にまとっているのは黒いスーツ。鮮やかなブルーのネクタイが目を引く。若い二枚目だ。女性はほうっておかないだろう。
事務所の中に招き入れたのち、まずわたしはルイ刑事に対して、「暑くないですか?」と尋ねた。黒いスーツはいかにも熱を抱えていそうだからだ。
「コートを羽織っているニンゲンもいるくらいです。そうである以上、この街の気温の感じ方は、ヒトによってまちまちなんでしょう」
「とりあえず、ソファにお座りになってください」
「恐れ入ります」
ルイ刑事は客人用の二人掛けに腰を下ろした。わたしは早速お茶の準備に取り掛かろうとしたのだが、彼は「おかまいなく」と断った。
「いいんですか?」
「お気遣いには感謝しますが、生憎、喉は乾いていませんので」
わたしはルイ刑事の向かいに腰掛けた。
「いかなるご用件でしょうか?」
「”蛾”と言ってわかりますか? とある麻薬の名なんですが」
「知っています」
ヘヴィな中毒者には黄金の蛾が見えるということから、その名が付いた。二年ほど前にえらく流行ったクスリだが、最近はめっきり聞かなくなっていた。
「中毒者が現れ、こちらで二名、引き受けました」
「”蛾”の再来というわけですね」
「そういうことになります」
「真っ先に伺うべきでした。貴方は基本的にどういった職務に従事されているんですか?」
「私はミン刑事の部下です。彼から、”蛾”の件についての主担当に指名されました」
「なるほど。それで、いったい、わたしに何をしろと?」
「捜査協力をお願いしにまいった次第です」
「なんの根拠もなく、憶測だけで話しますけれど、貴方はこの街の警察に配属されて間もないのでは?」
「正解です。それでも、貴女が有能であるらしいことは存じ上げています。それは刑事課においての共通認識ですので」
「恐縮です」
「協力していただけますでしょうか」
「わたしに出来ることなんて限られていますよ?」
「その点は理解しています」
「そういうことであれば、お引き受けしましょう」
「助かります」
「何をすればいいですか?」
「クスリの売人をか片っ端から当たるつもりです、それを手伝っていただきたい」
「要するに、本件に関して割ける人員には限りがあると?」
「おっしゃる通りです。この街の警察は、ことのほかリソース不足なんですよ」
「了解です。幸い、売人は何人か知っていますしね。彼らのコミュニティから、何か情報が得られるかもしれない」
「貴女は顔が広いようですね」
「他者と比較した場合、そうに違いないと思います」
「ならば尚のこと、助かります」
「わかりました。依頼の経緯や、その理由についても納得しました」
「できるだけ多くの報酬をお支払いするつもりでいます」
「そうしていただけると嬉しいですけれど、あまり多くは求めません」
「出来たニンゲンでいらっしゃる」
「ところで、話は変わるんですけれど」
「なんでしょうか?」
「貴方にとって、ミン刑事はどういった人物ですか?」
「尊敬すべき先輩です。署内では、一度食らいついたらはなさない猛犬だとうたわれています」
「それは初耳です」
「ミン刑事が悪だと判断するのであれば、その組織や人物は私にとっても敵でしかありません」
「承知しました。貴方のお言葉、信じることにします」
「ありがとうございます」




