40.『”狼”との道中』 40-1
ミン刑事と薄暗い喫茶店にてソファの上で向かい合っている。メイヤ君の姿はない。
「捜査は? はかどっていますか?」
「幾つか目撃証言は得られている」
「でも、彼には至らない」
「やる気と意気込み、そして実行力の問題だ。やっこさんを殺るまで、俺は止まらねーよ。で、おまえのほうはどうなんだ?」
「アジトを突き止めて以降、成果はありません」
「言おうと思っていたことがある」
「なんでしょう?」
「一人で動くな。せめてウチのニンゲンを連れて歩いてもらいたい。これは命令じゃなくて、お願いだ」
「優しさには感謝しますが」
「ダメだってのか?」
「彼にとどめをさすのは私ですからね。邪魔されたくない」
「どうして、そこまで一人であることに固執するんだ? ……なんて質問は無駄か。おまえのことだ。警察のニンゲンについても被害者を出したくないんだろう?」
「そうだとは言いませんよ。私は聖人君子ではありませんから」
「でも、どうしても、やり遂げてやろうってんだな?」
「そういうことです。しかし」
「なんだ?」
「いえ。誠に情けない話ながら、この街に帰ってきてから、その決意が揺らぎそうになったんですよ」
「メイヤのせいだろう?」
「そうです。彼女の顔を、笑顔を見ていると、あえて自分が危険に身を置く必要はないのではないか。そう思わされてしまいました」
「その感情は間違っちゃいない。むしろ、大切にするもんだ」
「そうは考えません。心が揺さぶられたのは、私が甘かったからです」
「甘いのは昔からの話だったと思うが?」
「私に足りなかったのは、本当の意味での覚悟です。覚悟さえあればなんだって出来るし、覚悟だけあれば今の私には充分です」
「その覚悟とやらが何を指すのか、聞かせてもらいてーな」
「言ったらきっと、怒られます」
私は少し笑って見せた。ミン刑事は沈黙した。瞼を下ろし、しばらく経ってから目を開けた。
「いくらこっちで引き受けようにも、おまえはそれを拒み続けている。そして、恐らく、いや、まず間違いなく、俺達に”狼”を狩ることはできない。はなから俺の本来の役割は、おまえを止めることだったんだ。そうだろう? マオ」
「違うとは言いません。ですが、何度だって言います。もはや私は止まりません」
「ったく。機関車みてーな野郎だよ、おまえは」
「これからも色々とお世話になると思います」
「どういう意味だ?」
「他意はありません」
「多分、なんだが」
「はい?」
「いや。気の早いメイヤのヤツは、もう結婚式の日取りでも練っているんじゃないかと思ってな」
「さすがですね。ウエディングドレスがどうこう言っていました」
「俺はメイヤのヤツとヴァージンロードを歩きたい」
「いつかそういう日が来ますよ。きっとね」




