39『”狼”の最期を祈って』 39-1
マオさんが新聞を読まなくなった。テレビもつけなくなった。代わりに、外に出るばかりになった。いつも朝から無言で出ていく。足を使って”狼”のことを嗅ぎ付けるつもりなのだ。その行動はいつか実を結ぶことになるのだろうか。そうあって欲しいと思う反面、そうであって欲しくはないとも考える。彼らが出くわした瞬間、そこには命のやり取りしか生じないことだろうから。どちらかが死するまでやり合うことだろうから。
一度だけ、こっそりとあとをつけてみたことがある。するとやっぱり気付かれて、回れ右を促された。その時、彼は何も言わずに微笑み、頭を撫でてくれた。「私に任せておきなさい」と、言われた気がした。
外回りはしなくなった。ジムにも通わなくなった。空腹すら感じなくなった。毎日、日中は泣いて過ごす。そして夜になって、マオさんが帰ってくると彼に抱き付き、さらに泣く。時には大声を上げて。
「君は私が”狼”に敗れると思っているのかい?」
ある時、彼はそう言って、いつもの優しい笑みをくれた。それから強い決意に満ちた声を発するのだ。
「私に負けるつもりはないよ」
その言葉は素直に信じた。だけど、マオさんは”狼”が現れたと聞いてから、どれだけせがんでも、わたしのことを抱いてくれなくなった。そんな気分になれないことはわかっている。普段通りひょうひょうとしている様子であっても、びんびんに神経を尖らせていることも伝わってきた。
その日も夜遅くになって、マオさんは帰ってきた。例によって駆け寄り、わたしは抱きすくめてもらう。いつもと違ったのは、彼が二度、三度と頬にキスを浴びせてくれたことだ。だから、少し驚いてしまった。
「マオ、さん……?」
「愛おしいなと思ってね」
「だったら……」
「うん。抱かせてもらっていいかい?」
「勿論です。ホテルに行きましょう」
「ここでじゃダメかい?」
「えっ」
「今すぐ抱きたいんだ」
らしからぬ乱暴さで、ジャケットを奪われ、破り捨てるようにしてブラウスを剥ぎ取られた。押され、しりもちをつき、さらに上半身を押され、仰向けになったところで、デニムパンツを脱がされた。ブラジャーを外され、マオさんは胸の谷間に顔をうずめてきた。わたしは彼の頭を抱き締めた。
ことの最中、わたしはこのまま離したくない離したくないと考えて、マオさんの背に腕を巻き付けっぱなしでいた。
この幸せは誰にも奪わせない。奪わせやしない。
暗い事務所の中で抱かれながら、私は彼の耳元で、彼の名を呼び続けたのだった。




