38-3
とあるアパートを訪れた。五階の一室だ。部屋の中央に女性がうつぶせに倒れていて、首を中心に血だまり広がっている。
「犯人はどうやってここに押し入ったんだろうな」
ミン刑事がそう言うと、マオさんは「その点は重大ではない」と、ばっさりと切って捨てた。「指紋は?」と続けた。
「そいつはこれからだ」
「まあ、指紋が検出されたところで、意味などありませんが」
「おまえさんは、やっぱり」
「ええ。”狼”の仕業だと踏んでいます」
「やっこさんがカムバックしたってか」
「メイヤ君が見掛けたらしいんですよ。模倣犯である可能性は低いでしょう」
「どうしてそう思う?」
「私がここにいるからです」
「いよいよ仕掛けてきたってわけか」
「亡くなられたこちらの女性のことは不幸だとも不憫だとも思いますが、あるいは彼は、人殺しをすることで、自らの帰還を私に知らせたかったのかもしれませんね」
「おまえのことだ。自分が殺るべきだと考えているんだろう?」
「勿論です」
「俺の立場や思いを鑑みて言うと、それを見過ごすわけにはいかねーな。おまえがやっこさんを向き合ったところで、得をするニンゲンは誰もいない。誰一人としていやしない」
「でしたらミン刑事、貴方はどうされますか?」
「決まってる。ウチの全勢力をもって片付ける。ヤツがこの街を出ることは未来永劫ない。無論、捜査には俺も加わる。先頭を切って、だ。メイヤのことを傷付けてくれたんだ。俺が必ず殺してやる。前に言ったな? 俺はとっくにキレちまってるんだよ」
「それはそれは」
「おまえは引っ込んでろ。俺達の邪魔をはするな」
「お断りします」
「すっこんでろって言っているんだ」
「ですから、お断りします。言わば、これからは貴方がた警察との競争になる」
ミン刑事がいきなり、マオさんの胸倉を掴んだ。とても怖い顔をして、彼のことを睨み付ける。
「ふざけてんじゃねーぞ、マオ。おまえは生きてなくちゃいけねーんだよ。生きなくちゃいけねーんだ」
「まるで私が殺されてしまうような、お言葉ですね」
「俺の本心を見透かした上で偉そうなこと述べてんじゃねーぞ」
「警察が仕留められるような男であれば、彼はとっくに死んでいる。その事実を曲げることはできますか?」
「おまえ、しょーもない結論を出そうとしているだろう?」
「私にとってはしょーもない判断ではない」
ついには一発、ミン刑事はマオさんのことを殴り付けた。
「俺の言い分を、どうしておまえはわかろうともしねーんだ!」
マオさんはゆっくりと、改めて顔を前に向けて、言い放った。
「ミン刑事、貴方と同じです。私ももう、とっくにキレてしまっている」
「俺に任せておけって言ってんだよ。そう言ってんだ。それとも、おまえにとって俺はそこまで信用に足らねー男なのか?」
「信用していますよ。だから私は街を出た。貴方にならメイヤ君を任せられると考えて」
「俺にはおまえの代わりなんてできやしねー」
「それでも、やらなくちゃならない」
「おまえぇっ!」
ミン刑事がまた拳を引き絞ったところで、わたしは「やめてください!」と止めに入った。二人のことを引き離し、「もうやめてください、ミン刑事……」と、お願いした。
ミン刑事はマオさんのことを解放し、「くそっ!」と吐き捨てた。
わたしの両の瞳からは涙がこぼれた。二人のいがみ合いが悲しかったわけではない。
やっぱり”狼”を狩るのは、男の仕事なんだ……。
そう強く感じたからこそ、涙が溢れてしょうがなかった。




