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ミン刑事に現場を引き継いだあと、予定通り、わたしはホテルで「あん、あんっ」と抱かれ、一眠りしたのち、朝方になって、事務所に戻った。
マオさんはデスクで新聞を読みふけり、わたしは、ふーふーと息を吹き掛けながら、ソファの上でコーヒーを飲んでいる。
電話が唸りをあげた。マオさんのデスクの上の黒電話がジリリリリと鳴ったのだ。わたしは素早く立ち上がり、彼がそうするより先に、受話器を取った。相手はミン刑事だった。
「例の件についてだが、ケリがついた」
「それって、女性がおなかをかっさばかれていた事件のことですか?」
「ああ。その一件が解決したってことだ」
「いったい、どういうことだったんですか?」
「会って話したい。事務所に押し掛けてもいいか?」
「かまいません。お待ちしています」
十分ほどが経過してから事務所を訪れたミン刑事は、二人掛けのソファに、どっかりと腰掛けた。わたしはあらかじめ、お湯を沸かしておいた。インスタントのコーヒーを振る舞ってから、彼の向かいの四人掛けに座った。
わたしが「何を起因とした事件だったんですか?」と尋ねると、ミン刑事は「至極、つまらん話さ」と答えた。
「つまらない話?」
「今朝方、三人の男が自首してきた」
「どういうことなんですか?」
「三日前、街の宝石店で強盗があったんだよ」
「ああ。それは新聞で見ました」
「なんでも、入念に下見をした上で押し入ったらしい」
「それで?」
「自首してきた三人と殺された女はグルだった」
「一緒に盗みを働いたということですか?」
「そうだ」
「まだ話が見えませんね」
「犯行を起こした連中は、銃をひけらかしてまず従業員らを縛り上げた。その上で、ガラスケースに陳列されている宝石をかっさらった。それはもう、よりどりみどりだったことだろうさ」
「それはまあ、そうでしょうね」
「その折にだな、犯行グループの一人の男が見たんだよ」
「何をですか?」
「女がいっとう値のはるダイヤを奪い取るところをだ。当然、その現場を目撃した男は、アジトに戻ったところで、女がダイヤを出すものだと思っていた。が、女はそうしなかった」
「そういうことなら、揉めごとになるでしょうね」
「案の定、そうなった。男は女に詰問を浴びせた。だが、どこを探しても、ダイヤは見付からなかった。女はアジトに戻るなり、用を足すためにトイレに入ったそうなんだが、そこからも何も出てこなかった」
「なるほど。大体、わかってきました」
「おまえの予測の通りだよ。女はトイレに入って、ダイヤを飲み込んだんだ。その可能性に気づいた男は、いつまでもすっとぼける女に対して堪忍袋の緒が切れた。それで、胸を撃って殺したんだ。その上で、腹を裂いた。そしたら、胃の中からダイヤが見付かったっていう寸法だ。ちなみにだが、ダイヤは十カラットもあった。五百万、いや、六百万ウーロンはするだろう」
「自首してきたのであれば、まあ、救いようがありますね。それにしても、男らはどうして路地に遺体を放り出したんですか? もっとヒトの目につかないところに捨ててしかるべきだと思うんですけれど」
「捨てたわけじゃねーよ。落ちたんだ」
「落ちた?」
「トラックの荷台に遺体をのっけて、郊外に捨てるつもりだったらしいんだが、道中、その荷台のうしろあおりが、ぱかっと開いちまったみたいでな」
「遺体が転げ落ちてしまったということですね?」
「ああ。でもって、そのことに三人はまるで気付かなかったらしい。目的地に到着して初めて知ったんだよ。だから、来た道を戻った。死体を回収しようとした」
「だけど、彼らが見付けるより早く、わたしとマオさんが発見した」
「ああ。だからやっこさんらからすれば、もうどうしようもなかった」
「だから、自首してきた」
「そういうこった」
デスクについて新聞を読んでいるマオさんに向かって、ミン刑事は「聞いていたか?」と訊いた。
「聞いてはいませんけど、聞こえてはいました。間抜けな話ですね」
ミン刑事は「まったくだ」と言って、鼻から息を漏らしたのだった。




