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ジムを訪れた。一階しかない貧相な木造の建物である。練習に打ち込む練習生達が実に真面目でストイックであることをわたしはよく知っている。セルリアンブルーのリング上では、スパーリングをやっている。どれだけパンチをもらおうと、どれだけ腹部やふくらはぎに蹴りをもらおうと、双方とも痛がったり倒れたりはしない。それだけ強靭なのだ。エネルギーに満ち溢れている。強い男性がわたしは好きだ。強くなければ男性ではないとすら思う。
ジムの主であるニウ老人がスパーリングを見守っている。そのうち、わたしのほうを見て、にこやかな笑みを浮かべた。
「メイヤ、どうしたんだい? 今日はえらく可愛らしい恰好をしているね」
「ちょっと訳ありでして」
可愛いと褒められて、なんだか嬉しい気持ちになった。
サンドバッグに近付く。わたしはそれに「えい」と、拳を突き立てた。さらに、左の肘から右のミドルキック。「どうですか?」とマオさんに尋ねたところ、彼から「うん。堂に入っているね」との返しがあった。
「マオさんも蹴ってみませんか?」
「いいよ、私は」
「そうおっしゃらずに」
「わかった。じゃあ、蹴ろう。七割ぐらいでいいかな?」
「何割でも、どうぞ」
マオさんはチェスターコートのポケットに手を突っ込んだまま、ノーモーションから、右のミドルキックを放った。サンドバッグが勢いよく跳ね上がる。その様子を見て、わたしは目を見開いた。やっと出てきたのは「ス、スゴいですね」という驚きに満ちた言葉だった。
「マオさんってば細いのに、どこにそんなパワーが……」
「パワーも何も、ごく軽度に蹴ったつもりだけれど?」
「スゴいです!」
「そうかい?」
「やっぱり、わたしのご主人様はマオさんしかいません!」
「そうかな」
「そうですよ!」
ニウ老人に一言挨拶してから、ジムをあとにした。大通りに出ても、わたしはマオさんの左腕にべったりとしなだれかかっている。
「メイヤ君、ちょっと離れてもらえるかな」
「えーっ、どうしてですかあ? ひょっとして、恥ずかしいんですかあ?」
「ただ、うっとうしいだけだよ」
「うっとうしいとかっ!」
「えっと、今日は何が目的で街歩きをしようという話になったんだっけ」
「デートです、デート。ですから、わたしはしがみ付いているわけです」
「だから、それは迷惑だ」
「迷惑とかっ!」
「とにかく、ちょっと離れてほしい」
「じゃあ、手を繋ぐくらいならかまいませんか?」
「うーん」
「かまいませんよねっ!」
「わかった。許容しよう」
「そうこなくっちゃです」
あちこち回った。主に『服屋』である。『下着屋』も訪れた。マオさんに様々な姿を見てもらうことは、なんだか楽しいし嬉しい。「ブラジャーはやっぱり、君には小さいものばかりだね」と言われた。
「本当に、サイズがないんですよぅ」
「そもそもだけど、ブラジャーって、つけなくちゃならないものなのかい?」
「そんなの、当たり前じゃないですか」
「ふーむ。男の私にはよくわからない理屈だね」
「昔はピンクとか好きだったんですけれど、今はモノトーンが好みです」
「なんとなくだけれど、それだけ大人になったということなのかな」
「黒いのと白いの、買いますね?」
「好きにしなさい」




