37.『10カラットの女』 37-1
その日の朝、わたしは久しぶりに膝上丈の際どいスカートをはいた。スエード地の黒いものである。
デスクの上に突っ伏して眠っていたマオさんが、覚醒した。眠たげな目をこすりながら、わたしのことを見て、「あれ?」と発した。
「どうしたんだい、メイヤ君。その恰好は」
「気分転換です」
「下着が見えそうだよ?」
「見られる分にはタダだというのがモットーなので」
「でも、君はもう二十歳を過ぎたんだろう?」
「あー、それってヒドいです。もう若くないんだからとか、そんなことをおっしゃりたいんですね?」
「まあ、似合ってはいるけどね」
「でも、鍛えているせいで、脚、ちょっと太くなっちゃったでしょう?」
「充分細いよ。綺麗だよね、君の脚は。長くて、まるで窮屈なところがない」
「そんな気のきいた台詞、どこで覚えたんですか?」
「本音を言ってるだけだよ」
「短いスカートをはいたことには目的があります」
「それって、なんだい?」
「マオさん、今日はデートをしましょう」
「どこに行きたいんだい?」
「おぉ、嬉しいです。乗り気ですね」
「退屈しのぎにはなるだろうから」
「うわ、退屈しのぎとかっ」
マオさんは顎に手をやり、ぽかーんと上に目を泳がせた。
「どうしたんですか?」
「いや。私はこんなところで、暇を持て余していていいのかと思ってね」
それを聞いて、苦笑したわたしである。
「やっぱり、”狼”のことが頭から離れないんですね?」
「最近、ここいらで彼の犯行を示すような事件は起きていない。私にとって、それは不都合なことだ。何せ、殺害すべき相手なんだから」
わたしは革張りの回転椅子に座っているマオさんの後ろに回り込んだ。彼の首に両腕を巻き付ける。耳たぶにキスをしてから、ぎゅっと抱き付いた。
「”狼”のことなんて、もうどうだっていいじゃありませんか。いっそ、無視してしまいませんか?」
「ゆるせないものはゆるせない。何度も言わせないで欲しい」
「わたしは今、とっても幸せなんですよ?」
「君の意見なんて訊いていない」
「そんな言い方をしないでくださいよぅ」
「ああ、ごめんね。ちょっとキツい文言だったね」
「今日はわたしに付き合ってください。お願いします」
「いいよ。今日だけは、”狼”のことを忘れよう」
「約束ですよ?」
「うん。それで、どこに行くんだい?」
「まずはちょっと、ジムに顔を出そうと思います」
「ジムっていうのは、ムエタイのかい?」
「はい」
わたしは手を引いて、彼のことを立たせた。
「着替えは? 持たなくていいのかい?」
「挨拶がてら、少し寄るだけですから」
「ふむ」
「とにかく、付き合ってください」
「うん。わかった」




