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36-4

 『フー』の事務所ビルの四階にある一室。意外とシンプルだ。絵や陶器のたぐいも飾られていない。マホガニーの机があり、黒革の回転椅子についているボスらしき男がこちらを値踏みするように見ている。以前、トップを勤めていたサクライと違って、貫禄がある。歳は三十代だろう。黒い髪はオールバックできちんと固められている。


 男は「ようこそおいでくださいました」と丁寧な口調で言い、手を広げてソファセットへと促してきた。マオさんは「失礼」と述べ下座に腰を下ろした。わたしは彼の隣に立つ。部屋のあるじは上座についた。


「貴方のお名前は?」


 マオさんが口を切った。


「ガエルといいます」

「まず伺います。なんのご用でしょうか」

「いえね。下のニンゲンから不満が噴き出しているんですよ」

「というと?」

「貴方は先代のサクライをった。それがゆるせないニンゲンが多くいるということです。ウチの構成員らは、マオさんにナメられていると考えている」

「言ってみれば、ヤクザの論理というわけですね。しかし、私は何も間違ったことはしていない」

「サクライを殺したことについて、貴方はどうお考えですか?」

「なんとも思いませんね。阿呆が一人、死んだというだけです」

「阿呆ですか」


 ガエルは、ふっと目尻を下げて、口元に笑みを浮かべた。


「確かにサクライは阿呆でした。愚かでもありました。無能でもありました。しかし、『虎』の看板は守る必要があるんですよ。それは理解していただきたい」

「組織の威信は保ちたいと?」

「そうです」

「何があっても私に関わるな。その旨を先々代にお伝えし、事実として、その条件は飲んでいただけたものと考えていますが」

「それは承知しています。どれだけ構成員を送ろうが、どれほどの殺し屋を雇おうが、貴方はまったく問題にしなかったわけですから」

「あまりに大挙して押し寄せられたら、どうしようもなかったと思いますがね」

「そんなことはないはずだ。私は過大評価も過小評価もしていない。マオさんはどれほどの危機にさらされようが、凌いだことでしょう。私は当時、若頭をやっていましてね、貴方を殺るにあたっての責任者でした。そのなかに、ふと思わされたんですよ」

「私を的にかけるのは得策ではないとの結論に至った?」

「その通りです。そしてそれは、当時の『虎』の総意となった」

「でしたら、以降もその総意に基づいた行動をお願いしたいですね」

「そのつもりです」

「それで、つまるところ、何をおっしゃりたいんですか?」

「まずはサクライの起こした行動について、そちらのお嬢さんに謝罪したい」


 ガエルはゆっくりとこうべを垂れた。


「驚きました。ヤクザが一般人に頭を下げるとは」

「私は先々代にとてもお世話になりました。だから、その考え方と意志は受け継ぎたいと思っているんですよ。サクライとは違ってね」

「しかし、どうあれ私はサクライを殺害したわけです。そうである以上、貴方が先に言った通り、これからもはねっかえりは溢れてくると思いますが?」

「その点については、ご心配なさらずとも結構です。私の厳命をもって、従わせますので」

「なるほど。ヤクザの親分としてはお若いのにに、しっかりしてらっしゃるようだ」

「元より、さしたる理由もないいざこざに兵隊を割くつもりはないんですよ」


 わたしはこのタイミングで、「一つ、いいですか?」と割り込んだ。


「なんでしょうか、お嬢さん」

「貴方のところは子供にクスリを売っているんですか?」

「現状、そこまでの事情は把握できていない。それが正直なところです。しかし、私自身としては、青少年に麻薬をさばくことは本意ではありませんよ」

「本意でないなら、なんとかしてください」

「勇ましいお嬢さんだ」

「もう一つ、お尋ねします」

「なんでも答えますよ」

「ラオファの雇い主は今、貴方なんですか?」

「そうですよ」

「何故、彼女が必要だと?」

「いつか私どもに仕掛けてくる同業がいるかもしれない。あるいは『スーシン』とやり合うことになるかもしれない。そういったことが起きた際に、彼女の腕は必ず力になる」

「ラオファは高額だと耳にしたんですけれど」

「実際、その通りですよ。繋ぎ止めておくためには多額の金を払う必要があります。ですが、客観的に見ても、私どもの資金力はこの界隈において随一です。よって彼女を手放すこともしなければ、彼女から離れていくこともないでしょう」


 ラオファが以降も『虎』に飼われ続けることを、わたしは少し、残念に思った。大した手誰なのだから、彼女にはもっとプライドを持ってもらいたい。いくら金より神様のほうが信用出来ると言っても、そこに自らの価値観を見い出しては欲しくない。こちらとしては、強くライバル視しているのだから。


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