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事務所に戻ると、マオさんはやっぱりデスクで新聞を読んでいた。彼にコーヒーを振る舞い、わたしは二人掛けのソファについた。
「何か目ぼしい収穫はあったかい?」
「ありませんでしたけれど、『虎』の連中と遭遇しました。無論、駆逐してやりましたけど」
「そうかい」
「はい」
「かつての『虎』のボス、サクライという男だったね。彼を殺ったのは、私なんだけどね」
「ですけど、わたしも怨みを買っているみたいです」
「サクライと同じく、今のボスも武闘派だというわけだ」
「どうしましょうか」
「何をだい?」
「ヤツらが押し寄せてきた場合を考えて、マシンガンでも買っておいたほうがいいのかな、って」
「それは一理あるかもしれないけれど、物騒な銃火器は手元に置いておきたくないな」
「探偵だからですか?」
「その通り。私はしがない探偵だ」
「だけど、何かの間違いでマオさんが死んでしまったら、わたしはとっても困りますよぅ」
「私も君に死なれたら困る。やっぱり、マシンガンを二丁買おうか」
「そういうことなら、仕入れは任せてください」
「ちょっと見ないうちに、君は裏の世界に詳しくなったようだね」
「それだけ大人になったということです」
「頼もしい限りだ」
「でも、マオさんには敵わないだろうなって思っています。本当ですよ?」
「強くなければ、男じゃないだろう?」
「おぉ、その台詞はとってもカッコいいです」
「そうかな」
「そうですよ」
「でも、ヤクザの相手はもうしたくないな。キリがないから」
「そうですよねぇ。ところで、知ってますか?
「何をだい?」
「わたしが拘束されていた拷問部屋で、マオさんに突っ掛かった女がいたでしょう?」
「いたね。女性だから、少し手を抜いたつもりだけど」
「えっ、そうなんですか?」
「女性相手には本気になれないよ」
「でも、彼女は『虎』のお抱えである、殺しの達人なんですよ」
「まあ、やり手だとは感じたね。鉄針なんていう古臭い武器を自在に操る輩なんて初めて見た。」
「ラオファはお金で動くという話です」
「賢明だ。金は神様よりよっぽど信用できる」
「以前、ラオファも同じようなことを言っていました」
「興味本位で訊くけれど、『虎』の対極にあるある『四星』は知っているかい?」
「はい。ちょっとした経緯があって、ボスと面会したことがあります」
「ワンロン氏に?」
「さすがマオさん。なんでもご存じですね」
「なんでもは知らない。知っていることだけ知っている」
「ワンロンさんは物分かりのいいヒトでした」
「何を要求したんだい?」
「子供達にクスリを売るなと言いました」
「それを飲んでくれたとなると、なるほど、確かにワンロン氏は冷静な人物であるようだ」
「わたしは彼を信じています。というか、信じるしかありません」
「それはそうだ」
わたしは深く吐息をつき、肩を落とした。
「様々なヒトにビラを配って、クスリを撲滅しようという啓蒙活動はしているんですけれど、あまり効果はないようです」
「その行為自体は間違いじゃない。日の目を見ることがなくとも、続けるべきだよ」
「そうでしょうか」
「君の活動は尊い。そして正しい。個人的な評価でしかないけどね」
「よしっ!」
と気合いを入れて、わたしはソファから腰を上げた。
「これからビラを配ってきます。留守番、お願いしますね」
「『虎』の連中が動いているんだ。くれぐれも注意するように」
「わかってまーす」
「気のない返事はやめなさい」
「はーい。わかってまーす」




