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36.『当たり障りのない話』 36-1

 ある日の午前中。


 外回りのさいちゅう、街中にあって場違いな黒服の二人が、こちらに向かって歩いてきた。あっ、と気付く。リーゼントと坊主頭の彼らは『フー』のニンゲンだ。以前、わたしが連中に拘束された時に見た顔だ。彼らのうちの一人は、わたしの頬を容赦なくぶってくれた。拳銃をひたいに突き付けてもくれた。苦い経験だ。だからこそ、憎らしい相手どもとも言える。


 仕返しすべきだと考え、わたしは彼らの前に立ちはだかった。怒りは覚えているけれど、「こないだは、よくもやってくれたわね」と冷静な声が出た。


「おまえの事務所を訪ねるところだったんだが、こんな場所で出くわすとはな」


 あの夜、わたしをなぶってくれたリーゼントがスピーカーらしい。


「そんな真似をされたら迷惑極まりないわ。この場ですぐに沈めてやるから」

「俺達だって同じ思いだ。なんてったって、おまえの連れにボスを殺されたわけだからな」

「サクライはしょうもない男だったわ」

「それでも、おまえのことをゆるすことはできない」

「路地でやりましょう。こんなところで鉄砲をぶっ放したら、一般人に当たるとも限らないから」

「そんなこと、俺達が気にすると思うか?」

「気にしなさいよ。じゃないと、警察が飛んでくるわよ?」

「わかった。いいだろう」


 ひとのまるでない路地へと折れた。振り返る。黒服二人はすでに拳銃を構えている。


「あら。わたしをいたぶるのが目的だと思ったけれど?」

「おまえを殺せば、何も問題はない」

「撃ってきなさいよ」

「言われなくとも撃つさ」

「だけど、残念。ここで死ぬつもりなんてないわよ」


 二人とも撃ってきた。静止していては当たるだろうけれど、動いている相手に命中させることは困難だ。わたしはランダムにステップを踏みつつ、近くの路地に駆け込んだ。建物の陰から顔を出すと、尚も撃ってくる。でも、彼らは鉄砲がことのほか下手くそだった。残弾もカウントしていないようで、そのうち、弾切れを起こした。


 本当になってないなあと思いながら、わたしは建物の陰から飛び出した。勢い良く相手に襲い掛かる。リーゼントの顎先に飛び膝蹴りをかまし、残りの坊主頭の股間を蹴り上げた。


 リーゼントは仰向けに倒れて失神し、坊主頭は地面に両膝をついて股間を押さえながら悶絶している。一丁あがり。


 坊主頭が苦しげに言ってくる。


「ほら。撃ってみなさいよ」

「ぐっ……」

「貴方達は本当に雑魚みたいね」

「いつか必ず殺してやる」

「いつかじゃ退屈だわ。今すぐ殺してみなさいよ」

「ウチにはラオファって殺し屋がいる。知ってるだろ? やっこさんに突っ掛かられた時にも、同じ台詞が吐けるか?」

「彼女に頼るの? わたしが気に食わないなら、貴方自身がかかってきなさい」

「ぐっ、ぐぐっ……」

「本当につまらない男ね」


 わたしは坊主頭の側頭部を思い切り蹴飛ばし、彼の意識も奪ったのだった。


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