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35-5

 事務所に戻ると、マオさんはやっぱり新聞を読んでいた。時間からして、夕刊だろう。


「マオさん、コーヒーを淹れて差し上げます」

「ちょうど飲みたいと思っていたところだ。振る舞ってもらえると嬉しいよ」


 新聞を折り畳んだマオさんが、幅広のソファについた。対してわたしは客人用の二人掛けに腰を下ろした。


「上手いこと事件は解決したかい?」

「はい。思った通りに帰結しました」

「良かったね」

「それはそうなんですけれど、マオさんってば話半分に聞いていたくせに、犯人を特定して見せましたよね?」

「特定だなんて言わないよ。なんとなく、そうであるような気がしただけだ」

「それでも、さすがだなあって思いました」

「解決したのは君だ。自信を持っていい」

「そういう言い方はよしてください」

「どうしてだい?」

「マオさんって、やっぱり自分がいなくなっても、わたしは充分にやっていけると思っているでしょう?」

「その点、何か間違いかい?」

「マオさんがいないと苦しいです。死にたくなります」

「死なれたら困る。だから出来るだけ、君のそばにいようと思う」

「おぉ、嬉しいことを言ってくれるじゃありませんか」

「ルイ刑事とやらは優秀だったのかい?」

「それはもう。私は彼を信頼していました」

「裏切られたわけだ。ヘコむよね」

「この上なくヘコみますよ」

「そのルイ刑事とやらは正義を取り違えた。そこに同情の余地なんてない」

「わたしは正義の名のもとに仕事がしたいです」

「そうしなさい」


 コーヒーを飲み終えたマオさんは、デスクの向こうに立ち、指を掛けてブラインドの先を覗いた。


「いつ見てもそうだ。無愛想な景観だね」

「何かご不満でも?」

「この街に”狼”がいるとしたら?」

「えっ?」

「仮に、いるとしたら?」

「えっ?」

「君は探偵をやっていなさい」


 わたしはマオさんの隣に立った。彼は押し黙ったままでいる。ブラインドの合間から外を見たまま、声を発することもしない


「”狼”が憎いですか?」

「憎いよ」

「それってどうしてですか?」

「君は女の子じゃないか」


 ちょっと驚いて目をしばたいたあと、わたしは「ふふっ」と微笑んだ。


「ちょっと話が飛躍しましたね」

「そうかな?」

「そうですよ」


 わたしはマオさんの左腕に寄り添った。肩に軽くひたいをぶつける。


「鬼ごっこは終わらないんですね」

「終わらないよ。その性質上、鬼は一人じゃないと成り立たないしね」

「意地っ張り」

「君に言われたくないよ」


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