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事務所に戻ると、マオさんはやっぱり新聞を読んでいた。時間からして、夕刊だろう。
「マオさん、コーヒーを淹れて差し上げます」
「ちょうど飲みたいと思っていたところだ。振る舞ってもらえると嬉しいよ」
新聞を折り畳んだマオさんが、幅広のソファについた。対してわたしは客人用の二人掛けに腰を下ろした。
「上手いこと事件は解決したかい?」
「はい。思った通りに帰結しました」
「良かったね」
「それはそうなんですけれど、マオさんってば話半分に聞いていたくせに、犯人を特定して見せましたよね?」
「特定だなんて言わないよ。なんとなく、そうであるような気がしただけだ」
「それでも、さすがだなあって思いました」
「解決したのは君だ。自信を持っていい」
「そういう言い方はよしてください」
「どうしてだい?」
「マオさんって、やっぱり自分がいなくなっても、わたしは充分にやっていけると思っているでしょう?」
「その点、何か間違いかい?」
「マオさんがいないと苦しいです。死にたくなります」
「死なれたら困る。だから出来るだけ、君のそばにいようと思う」
「おぉ、嬉しいことを言ってくれるじゃありませんか」
「ルイ刑事とやらは優秀だったのかい?」
「それはもう。私は彼を信頼していました」
「裏切られたわけだ。ヘコむよね」
「この上なくヘコみますよ」
「そのルイ刑事とやらは正義を取り違えた。そこに同情の余地なんてない」
「わたしは正義の名のもとに仕事がしたいです」
「そうしなさい」
コーヒーを飲み終えたマオさんは、デスクの向こうに立ち、指を掛けてブラインドの先を覗いた。
「いつ見てもそうだ。無愛想な景観だね」
「何かご不満でも?」
「この街に”狼”がいるとしたら?」
「えっ?」
「仮に、いるとしたら?」
「えっ?」
「君は探偵をやっていなさい」
わたしはマオさんの隣に立った。彼は押し黙ったままでいる。ブラインドの合間から外を見たまま、声を発することもしない
「”狼”が憎いですか?」
「憎いよ」
「それってどうしてですか?」
「君は女の子じゃないか」
ちょっと驚いて目をしばたいたあと、わたしは「ふふっ」と微笑んだ。
「ちょっと話が飛躍しましたね」
「そうかな?」
「そうですよ」
わたしはマオさんの左腕に寄り添った。肩に軽く額をぶつける。
「鬼ごっこは終わらないんですね」
「終わらないよ。その性質上、鬼は一人じゃないと成り立たないしね」
「意地っ張り」
「君に言われたくないよ」




