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ミン刑事に案内された先は、署の二階にある小さな会議室だった。わたしが座っていると、ルイ刑事が入室してきて、プラスティックのテーブルを挟んで正面についた。「お久しぶりですね、メイヤさん」と、にこやかな表情を向けてきた。
わたしの隣の席にはミン刑事の姿がある。腕組みをし、眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。
「ルイ刑事。貴方がユアンという売人を殺したと聞かされました」
「事実ですよ」
「何故、殺されたんですか?」
「彼が”蛾”の売人であるという確かな情報を掴んだからです」
「彼は貴方にその旨を問い質されるや否や、逃げ出したというわけですね?」
「ええ。途中で立ち止まり、両手に持った拳銃を撃ってきました。だからやむなく、応戦し、駆逐した」
「ルイ刑事」
「はい」
「わたしは貴方と一緒に捜査をさせてもらうこともあった。”蛾”のジャンキーの家に踏み込んだこともありましたよね?」
「そうでしたね。あの時は首尾良くことが運んだ。常習者を上手く逮捕できたわけですからね」
「ですけどわたしは、それはそう見せ掛けただけなのかもしれないと考えているんです」
「何をおっしゃりたいのか、よくわかりませんね」
「ならば率直に申し上げます。恐らく貴方は、”蛾”を捜査するにあたり、時折、ポーズをとっていたのでは?」
「といいますと?」
「それこそ、ともに仕事をした仲なんです。ですから、貴方を疑うのは本意ではありません。ですけど、疑問は疑問として、それを投げ掛けたいんです」
「そのへん、詳しく伺いたいですね」
「恐らくですけれど」
「恐らくで結構ですよ」
「確かに、ユアンは”蛾”を売っていたんでしょう。”蛾”は高額だから、そうそう仕入れられないし売ることもできないとも、彼は言っていました。だけど、しっかりとしたルートさえあれば、さばくことは可能だと考えるんです」
「それで?」
「貴方はある程度、”蛾”の流通を黙認する立場にあった。そうすることで、さばくニンゲン、すなわちヤクザですね、彼らから一定の報酬を得ていた。違いますか?」
「そんな真似、するわけがありませんよ。私だっていっぱしの刑事ですから」
「ユアンが何故殺されたのか、その点について思考しました」
「その結果は?」
「多分、貴方は、ユアンに揺すられていたんだと思います。”蛾”の流通を認めている貴方に対して、さらなる金銭を要求してきたということです。”蛾”の件について警察にたれこまれたくないのであればもっと金を寄越せ、といったふうに」
「なるほど。筋の通る話ではある。ですが、何も証拠はありませんよね? そうである以上、それはメイヤさんの単なる憶測でしかない」
「ユアンの遺体を見せていただけますか?」
「遺体を? 何故です?」
「ユアンが抵抗する素振りを見せたから、貴方は彼を撃ったんですよね?」
「それが何か?」
「抗う様子を見せたのであれば、当然、銃弾は体の前面から撃ち込んだはずです」
「実際、そうですよ。一応、言っておきますが、鑑識もそう判断しています」
「しかし、貴方が鑑識までをも抱き込んでいるとしたら? 事件の後処理はルイ刑事、貴方に一任していると、ミン刑事はおっしゃられましたしね」
「それは……」
「わたしに遺体をあらためさせてください。まだ保存してありますよね?」
ここでミン刑事が口を開いた。「ルイ、もういい。もう何もしゃべるな」と言った。テーブルをバンと叩いた。「おまえは自らの立場が脅かされないようにするためにユアンを殺った。そうなんだな?」と怒りをおさえるような口調で問い詰めた。
「ミン先輩。貴方も私を疑うんですか?」
「疑うも何も、ユアンの死体を見てみりゃ一目瞭然だろうが。やっこさんのあとをこっそりつけて、背後から撃ったんだろう? 違うか?」
ルイ刑事は吐息をつき、にわかに肩を落とすと、深く吐息をついた。「違いませんよ」と答えた。「ああ、メイヤさんはやはり、名探偵のようだ」とも口にした。
「おまえは清廉潔白なヤツだと思っていた。だけど、違ったんだな」
「ええ。私はそうではありませんでした。ミン先輩、私の父親はね、議員秘書をやっていたんですよ」
「それがなんだ?」
「自らの手柄をすべて議員に奪われ、挙句、自殺しました。その時、思ったんですよ。なんのことはない。世の中全部、金で出来ているんだなって」
「それを良しとしたくないから、おまえは刑事になったんじゃないのか?」
「刑事を志した時の心境なんて、もう忘れてしまいましたよ」
「おまえは政治家かヤクザになるべきだったな」
「しかし、政治家の論理もヤクザの論理も、つまるところは同じでは?」
「そうかもしれん。が、俺は残念だよ」
「いつかこうなることは予測していたんです。ミン先輩に逮捕されるのであれば本望です。私は本当に、貴方のことを慕っていますから」
「だったら、道を誤るなってんだ」
「すみませんとしか言いようがありません」
ミン刑事が、「メイヤ、悪かったな。内輪揉めに巻き込んじまって」とねぎらいの言葉を掛けくれた。
「ルイ刑事ほどの人物なら、あやまちをどこかで正すことが出来たんじゃありませんか?」
「そう言っていただけると悪い気はしません。ですけどね、メイヤさん。私だって、ただの一個のニンゲンなんですよ」
「だからこそ、残念なんです」
「貴女のことは評価したい。そして貴女のことを敬いたい」
「本当に無念だよ……」
そう言うと、ミン刑事は深く深く俯いたのだった。




