34-3
夕方。デスクについて新聞を読んでいるマオさんを見て、ミン刑事は滅茶苦茶ビックリしたようだった。ぽかんとした表情を浮かべ、持っていたビニール袋を床に落としたのだった。
おみやげだろう。わたしは「ありがとうございます」と礼を述べつつ、ビニール袋を拾い上げた。ラッキーだ。中には大ぶりの海老が入っていた。新鮮そうだ。今晩のおかずにエビチリにしようと思いながら、袋ごと冷蔵庫におさめた。
「マオ、おまえ……」
「署に顔を出さなかったことについては謝罪します。ですが、わざわざそうする必要もないと考えたのも事実です」
「そいつはあまりに不義理だ」
「いずれは会うことになると思っていましたから」
「フェイのところには行ってやれ。喜ぶはずだ」
「そうでしょうか。あまり会話が弾むようには思えませんが」
ミン刑事は「ふーっ」と吐息をつきながら、二人掛けのソファに座った。わたしは正面に座り、少々遅れてマオさんが隣についた。
「まさか、いきなりおまえが帰ってくるとは思いもしなかったよ」
「何事かが起きる時、それはいつだっていきなりです」
「相変わらず、七面倒なことを抜かしてくれるな」
「また会うことが出来て良かったです。二度と顔を合わすことはないだろうという覚悟した上で、街を出ましたから。しかし、結局のところ、獲物を狩ることは出来ていない」
「それでもだな、本音を言うと、おまえほど心強いニンゲンはいないんだよ。で、”狼”はこの街に戻ってきたのか?」
「さあ、どうなんでしょうね。確信を抱くことは出来ていません」
「とりあえず、おまえはこの街に戻ってこざるを得なかったということか」
「あとを追い、色々と勘案した上で、ここに至った次第です」
「やっこさんがアクションを起こさない限り、やっぱり捜査は難しそうだな」
「そうですね。いかなる時も、私や警察は受け身でしかいられませんから」
「”狼”がおまえになんらかのかたちで接触したとする。その場合、おまえはヤツに誘われるがままに、ヤツを追うのか?」
「当然です」
マオさんがわたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。「やはり彼のことはゆるせないんですよ」と言った。「問答無用で殺してやりますよ。」と続けた。
わたしは「マオさん」と声を掛けた。「なんだい?」という返答があった。
「わたしは今を楽しく生きています。頬や背の傷なんて、どうだっていいんです。マオさんさえ、そばにいてくれれば、それでいいんですよ?」
「そうもいかない。いかないんだよ」
「どうしてですか? わたしは本当に、復讐なんて望んでいないのに……」
「どうしたって、”狼”の存在を許容することはできないんだ。君の顔を見た瞬間、心が痛んだ。やはり彼を罰してやらなければいけないと強く誓った」
「だとしたら、マオさんはまた、わたしの前からいなくなってしまうかもしれないってことですか?」
「そうなる」
「嫌です、そんなの」
「だけど、わかってもらいたい」
わたしはマオさんの右手を両手でぎゅっと包んだ。もう離したくないのだ。何がどう転んでも、どうしたって……。
ミン刑事が微笑んだ。
「妬けるぜ、まったくよ」
「今の私は死神です。ただ”狼”を仕留めるためだけに生きている」
「だから、マオさん、それは」
「どうしたって、見過ごすことが出来ないってことはあるんだよ。君が元気一杯だろうが、その気持ちは変わらないんだ」
「マオさん……」
「私が心に決めたことだ。だからもう、何も言わないでほしい」




