33-2
「コーヒーでも飲もうか」
「はい……」
近くの公園に到着。ベンチに座っていると、マオさんが缶コーヒーを買ってきてくれた。口の中が切れているせいだろう。熱い液体はとてもしみた。
「マオさん」
「うん?」
「マオさんがこの街に帰ってきたということは、”狼”も戻ってきたということですか?」
「確信はないよ。でも、そうじゃないかな、って」
「そうですか……」
「うん」
マオさんの恰好を観察する。白いシャツに黒いスーツ。髪は背中にまで達している。整髪するような気分でもなかったし、伸びた髪を気にしている場合でもなかったのだろう。ただ、わたしが以前、見立ててあげた黒いチェスターコートをまとってくれていることについては、素直に嬉しく思った。
彼の顔が不意にこちらを向いた。穏やかに微笑んで見せる。わたしが大好きな真っ黒な瞳は健在だ。
「わたし、随分とマオさんのことを探しました」
「だろうなとは思っていたよ」
「でも、どれだけ探しても見つからなかった」
「そうあってしかるべきだ。私の行動に君が付き合う必要はないんだから」
「あちこち、回ったんですか?」
「ああ。国を出たこともあった。言葉が通じない場所で時を過ごしたのは、いい経験になったよ」
自らが空っぽにした缶、それにわたしが空けた缶を、マオさんは近くのくずかごに放り入れた。そして彼は立ち上がり、チェスターコートのポケットに手を突っ込んだ。
「いつまでそばにいてくれますか?」
「しばらくは留まるつもりだ。いつかまではわからないけれどね」
「そんなの、わたしは嫌です」
「それはわかっている」
「ずっとそばにいてください」
「それも、わかっている」
わたしはベンチから腰を上げ、彼を見上げ、彼の目を見つめた。、
「ご覧の通り、髪、ばっさりと切ったんですよ? その点についてのコメントはナシなんですか?」
「似合っているよ」
「まるで心がこもってない言い方ですね」
こらえきれず涙が溢れた。鼻もすすった。それから彼の胸に飛び込んだ。やっと会えた。また会えた。こんなに嬉しいことはない。
彼はわたし抱き止め、左手で背を抱き、右手で後ろ髪を撫でてくれた。
「大きくなったね、メイヤ君」
「大きくならざるを得なかったんです」
「私がいなくなってしまったからかい?」
「そうですよぅ……」
わたしはぐすぐすと鼻を鳴らす。彼の前で”メイヤさん”でいるのは難しいみたいだ。どうしても”メイヤちゃん”になってしまう。
「さて、それじゃあ、事務所に戻ろうか」
「……嫌です」
「うん?」
「嫌だって言ったんです」
「どうしてだい?」
「ベッドがあるところなら、どこでもいいです」
「そういうことか」
「はい。そういうことです。もう駄々はこねさせません」
マオさんから離れ、わたしは彼の左腕にしなだれかかった。歩き始めたら、彼はもう、何も言わなかった。歳の差うんぬんの話も持ち出してこなかった。




