32-3
零時過ぎ。
ミカミとともに、並んで胡同を歩いた。どこの商店も閉まっている。時間が時間だから当然だ。
「今の俺は、メイヤちゃんのボディガードっちゅうわけやな」
「自分の身くらいは自分で守れるつもりだけれど」
「大事なことやから言うとくぞ」
「何?」
「メイヤちゃんは、ヤクザをナメすぎとるわ。どれだけ内輪で意見が分かれようとやな、一度、決まったことは足並み揃えて徹底的にやるんや。それは忘れんほうがええ」
「だとしても、どこかの隅っこで頭を抱えて震えているわたしなんて、想像出来る?」
「出来へんなあ」
「でしょ? わたしはそんなふうに出来ているの」
後ろで銃声が鳴ったのは、その時だった。パァンという乾いた音が、あたりにこだました。
咄嗟に振り返ると、男が二人。いずれも拳銃を構えている。銃弾ははずれたわけではなかった。撃ち抜かれたのはミカミだった。彼は撃たれた腰に手をやりつつ、振り返った。澄ました顔で「やってくれるやないか」とつぶやき、それから両手を広げてわたしの前に進み出た。頭に、かっと血がのぼった。別に仲間意識があるわけじゃない。だけど、ゆるせないと感じた。
「行けや、メイヤちゃん。こいつらの相手は俺がするさかい」
「でも!」
「どうせ『虎』の差し金や。遅かれ早かれっちゅうヤツや」
「アンタが殺られるところなんて見たくない!」
「それでも前に進めや。後ろなんて振り返りなや。そして、俺のことをあんま軽んじてくれんな。何せ俺は、ミカミ・カズヤなんやぞ」
ミカミは、「ウハハハハッ! ギャハハハハッ!」と下品極まりない笑い声をあげた。
「最後の相手にはふさわしいとは言えんが、まあこういうのんもアリやろ」
「ミカミ……」
「はよ行けやあ、行ってまえや、メイヤ! 俺に恥かかせてくれんなやぁっ!」
「……くっ」
ミカミが弾を浴びせられているのだろう、銃声が後方で轟く中、わたしは路地をランダムに駆け巡った。事務所はきっと、もう押さえられている。だとしたら、どこに逃げればいいのだろう。誰を頼ればいいのだろう。
わたしは足を止めた。覚悟していたことではある。いつか誰かに殺されるなんてこともあるかもしれない。そう考えてはいたのだ。だからといって、こんな結末は望んでいない。まだ、何ひとつとして、否、たった一つの願いを、叶えることができていないのだから。
暗い路地。五階建てのビルから、ヒトが飛び降りてきて、何事もなかったように着地を決めた。
濡れたような長い黒髪。灰色のカンフースーツにエナメル質の手袋。それは、この界隈で最も金がかかるとされている殺し屋の女、ラオファだった。鉄針やら、サプレッサー付きの拳銃を駆使して相手を殺す彼女だけれど、今日は何も武器を持っていない。
ミカミが殺られた。そのせいで気が沈んでいる中、わたしは自分でもそれとわかるくらい、暗い目でラオファを見つめた。
「何? アンタもわたしを殺しにきたの……?」
「……そこまでは言われていない」
「だったら、どうする気?」
「……ミカミ・カズヤが殺害されたことがそんなに悔しい?」
「ええ」
「……君を捕らえて連れてくるように言われている」
「『虎』に? サクライって男に?」
「……そうだよ」
「だったら、やってみなさいよ」
「……言っておくよ?」
「何?」
「……僕は君相手に本気を出したことがない」
「上等。いいからかかってきなさい」
ラオファは真正面から突っ込んできたのに、その速さにまるで対応できなかった。みぞおちに当て身を食らい、視界が歪んだ。それからまもなくして意識が遠のき、わたしは気絶に追い込まれたのだった。




