32.『ミカミ・カズヤ』 32-1
二十二時過ぎ。
少し飲んだ帰りに路地で売人と出くわし、だから例によって「子供には売るな」と釘を刺したのだけれど、「うるせー、馬鹿」と返された。言ってくれるじゃないと思って、ローキックを決めた。足払いをされたような格好で、男はしりもちをついた。ままある話ではある。「クスリ、出して」と凄む。ルーチンワークとも言える活動だ。
だけど、今日はいつもとは違った。左右の路地からわらわらと男が四人、わいて出てきたのだ。普段なら問答無用で漏れなく蹴飛ばしてやるところだけれど、そうもいかない状況だ。だって、男らが当たり前のように拳銃を向けてきたから。
剣呑だなあと感じて、わたしは身を翻し、一目散に逃げた。胡同に飛び出し、逃げる。執拗に追ってくるし、発砲までしてきた。当たったら厄介だなと思考しつつ、走る、走る。
足の速さに自信があるので、余裕でまけると思っていたのだけれど、ほっと一息もつけないまま、後ろからさらに撃ってきた。
めんどくさいなあ。
いよいよそう考え、表通りに出た。ヒトが大勢いる中ではそうそう簡単に撃てやしないだろう。ほっほっと息を速めながら逃走を続ける。まだ追ってくる気配がある。ちょっとしつこすぎやしないか思う。「子供には売るな」とは普段から言っていることで、だからそれほど派手な行動を起こしているつもりはないのだけれど。
ようやく逃げ切れたかなあというところで駆け足をやめた。後方を振り返りつつ、ふぅと息を整える。
その直後のことだった。
誰かに右腕を引っ張られ、胡同へと引っ張り込まれた。そんな真似をしてくれたのはグレーのスーツに赤いネクタイを締めているロン毛の男、ミカミ・カズヤだった。
「何よ、いきなり」
「ええから、黙っとれや。変なんに追われとるんやろ?」
ミカミは母国語であるニッポン語で言う。
「察するに、わたしが追われる理由について、貴方は何か知っているってこと?」
「まあ、そんなとこや。そのへんの事情について知りたいかあ?」
「知っておきたいわね。自分の身を守るために」
「どこで話したもんやろか」
「ウチの事務所でいいわよ」
「それは危ないかもしれへんぞ」
「そうなの?」
「ああ。メイヤちゃんが追われている以上、そんな気がしてならへん」
「そうだとしても、わたしはウチに帰りたいの。ソファで熟睡したいのよ」
「そこまで言うなら、ちょいと様子を見に行ってみよかね」
「いったい、何が起きたの?」
「ワシの組織がどこの直参か、覚えてるか?」
「『虎でしょ?』
「ああ、そうや。その『虎』に、えらい大きな動きがあった」
「動き?」
「まあ、そない急かすなや。まずはメイヤちゃんの事務所の様子を窺うことにしよか」
「そうね。そうしましょう」




