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翌日の午後になって、ヨンフーが事務所を訪れた。ソファには促したけれど、お茶は出してやらない。恨んでいるとまでは言わない。でも、迷惑を被った。
「いやあ、メイヤさん。文句なしの優勝でしたね。二連覇、狙っちゃいますか?」
「狙わないわよ」
「というか、ウチの女社長が貴女のことをえらく気に入ってしまいましてね。是非、専属のモデルになってくれないかと」
「それも願い下げ」
「でも、これでメイヤさんの評判はうなぎのぼりですよ。ファンもメチャクチャ増えたと思います。実際、あれは誰なんだという問い合わせの電話も朝から鳴り止まなくって」
「嬉しいわとでも言って欲しい?」
「そうではありませんけれど。で、賞金の百万ウーロンはどうされますか?」
「もう二十万ほど使ったわ」
「えっ、そうなんですか? 何に使ったんですか?」
「昨日の夜、出場者を集めて、高い店でご馳走したの」
「おぉ、やっぱり貴女は大物だ」
「あぶく銭だから。ぱーっと使わないとね」
「あっ。そうでしたそうでした」
ヨンフーが脇に置いてあった薄汚れたショルダーバッグを膝にのせた。中から取り出したのは透明の薄いビニール袋である。
「今日はこれをお届けに上がったんですよ」
テーブル上に差し出されたのは、大きなサイズの一枚の写真だった。金色の冠をかぶり、前の開いた赤いコートを羽織ったわたしが映っている。尚、冠もコートも記念撮影の時に身につけただけで、すぐに返却した。不要だからだ。持ち帰ったところで置くところに困る。
「いやあ、素敵な写真を撮ることができました。とてもいい表情をされていますよ」
その通りだった。思いのほか、わたしは穏やかな顔をしている。微笑んでいるくらいだ。なんだかんだ言っても、優勝したのがそれなりに嬉しかったということなのだろうか。
「本当にいい写真です。どうぞ遠慮なく受け取ってください」
「受け取りはするわ。額縁に入れて飾ったりはしないけれど」
「どうしてですか?」
「ご覧の通り、殺風景な部屋だから。こんなものを壁に掛けたら浮いてしまうわよ。さあ、用は済んだでしょ? もう帰ってもらえる?」
「そんな邪険に扱わないでくださいよ。また何かお願いすることになるかもしれませんし」
「だから、それはお断りだって言ってるの。あんまりしつこいようだと蹴り飛ばすわよ」
「それはご勘弁を」
玄関口でヨンフーは、「本当にありがとうございました」と頭を下げ、そして廊下の向こうの階段に消えた。彼の顔は二度と見たくないけれど、あの図々しさはしばらく忘れられそうもない。
テーブルから拾い上げた写真を、わたしはデスクにつき、改めて眺めた。ちょっと頬が緩んだ。
マオさんが帰ってきたら、自慢してやろうと思う。彼は「凄いじゃないか」なんて驚かず、「へぇ。良かったね」くらいしか言ってくれないような気がするけれど。
わたしはデスクの引き出しに写真をおさめると、コーヒーを淹れに立ち上がったのだった。




