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現場である公園に着くと、すでにヒトで一杯だった。赤絨毯のステージが設営されており、最前列にはいわゆるカメラ小僧。
「おぉ、おーっ、来てくれたんですね」
例のネルシャツのおっさん、ヨンフーは飛び跳ねんばかりに喜んだ。
「色々あって、仕方なくよ」
「なんであれお越しくださったことには感謝します。あ、ところで、まだ名前、伺っていませんでしたよね?」
「メイヤよ。メイヤ・ガブリエルソン」
「では、メイヤさん、こちらに」
ステージの裏手に促された。ブルーのカーテンで仕切られただけの簡易的な更衣室がある。
ヨンフーが、「これに着替えてください」と言って、両手で慇懃に着衣を寄越してきた。わたしの目は点になった。「…は?」という声まで漏れてしまった。渡されたのは純白のビキニだったのだ。
「まさか、これを身につけろっていうの?」
「去年は私服姿も披露していただいていたんですけれど、今年からは水着審査のみの一発勝負にしたんです。やっぱり、なんてったって、目を惹き付けるのは水着、水着ですから」
「水着水着って、貴方ねぇ」
ヨンフーが顔を近付けてきた。声を忍ばせささやいてくる。「ここだけの話、メイヤさんの優勝で間違いありませんよ。言っちゃなんですけど随一ですから。他の参加者なんて霞んで見えます」とのことだった。
そう言われて自信を持ったわけではない。ただ、ここまで来たらもう腹を括ろうと思った。
「大丈夫です。着替えているところを盗撮しようだなんて考えていませんから」
「それは当然だけど。もういいわよ、どうだって。そもそもヒトに肌をさらすことが恥ずかしいなんて思ってないから」
「おぉ、大物としか言いようがありませんね」
「大きなお世話よ」
更衣室に入った。ため息をつきながら着替える。下をはいて、上を着けようとする。胸がキツい。メチャクチャきっつい。それでもなんとか押し込んだのだけれど、今にも溢れ出してしまいそうだ。サイズを見誤った? それともよりイヤラシサを演出するためにヨンフーが仕組んだ? 今一度ため息。もうどうだっていい。
更衣室から出ると、案の定、ヨンフーは「おぉ、おーっ」と声を発し、目をキラキラと輝かせながらカメラを構えた。
「こら、撮らないで」
「ああ、すみません。つい癖で」
「見てみなさいよ」
わたしはくるっと身を翻し、ヨンフーに背中を向けた。彼は今度は「お、おおぉ……」と少なからず驚いたようだった。
「どう? ズタズタでしょう? これを見せたら、お客さんは絶対にヒくわ」
「いや。危ない女性に男は惹かれるものです。いいアクセントですよ」
「アクセントって、貴方はそればっかりね」
「メイヤさんのエントリーナンバーは十です。最後に入場して、是非とも観衆の度肝を抜いてやってください」
ステージに順番に進み出るべく、出場者が一番を先頭に十人、縦に並んだ。細い腕に細い脚。揃ってスタイルがいい。彼女らに比べるとわたしはやっぱりがっちりしちゃってるなと感じさせられる。背も最ものっぽだった。
順繰りにステージへとあがる。盛大な拍手に男どもの歓声。煽り立てるような「ピューイ! ピューイ!」という指笛。
ついに出番がやってきた。わたしは短い階段をのぼって、赤絨毯の上に立った。一際、歓声が大きくなる。「ほら、見なさいよ」と言うつもりで、頬の傷を指先で示してやった。近くにいるニンゲンは気付いたかもしれないけれど、遠くにいる人々にはわからないことだろう。ついでだから背中の傷も見せておいた。「お、おぉ……」というなんとも言えない驚愕の声。それ見たことか。やっぱりヒかれたではないか。
あちこちから「メイヤちゃーん!」という声が上がった。知り合いのおじさんやおばさん、それに若い友人らの顔が数多く見える。本当に応援に来てくれたんだと頬が緩む。わたしは彼らに手を振った。同時にカメラ小僧らのフラッシュがいくつも焚かれた。
審査の方法は観衆のパチパチの数。なんともエグい。少ししか拍手をもらえなかった女性の気持ちを主催者は考えたことがあるのだろうか。
気が付けば、人だかりの中にヨンフーが混じっていた。「おまえは撮るな」と言い付けたのに、粘り強いというか根気強いというか。
三人の中年とおぼしき男性が人ごみを掻き分け進んできたのは、その時だった。カメラ小僧達を強引にどかし、一人、また一人と腰高のフェンスをのぼろうとする。制止しようとした主催者側のニンゲンらが二人の男によってそれぞれ殴り倒された。地面に転がったところで執拗にストンピングを浴びせられる。怖がってだろう、誰も止めに入らない。前方にいる人々が騒然となる。現場が見えていないらしい見物人は「なんだなんだ?」といった感じ。会場が不穏な空気に包まれる。ついには一人が舞台にあがった。手当たり次第に体に触れようとして、出場者を怯えさせる。そのうち、彼女らは揃って舞台からおりていった。
わたしはおりなかった。敢然と向かい合った。「んだぁ、ねーちゃんよぉ。文句あるのかあ?」という口調はろれつが回っていない。酔っ払いらしい。「へっへっへぇ。出場者の中じゃあ、ねーちゃんが一番べっぴんだなあ」と男は助平な笑みを向けてきた。
「コンテストどこじゃなくなっちゃったわね。わたしはそれでも構わないんだけれど」
「いいじゃねーか。触らせろよぉ」
「嫌に決まってるじゃない」
男が足をふらつかせながら近付いてきた。右手を伸ばしてくる。わたしはさっとよけ、背後に回った。
「物分かりの悪いねーちゃんだなあ」
「いいの? 退かないようだったら、痛い目を見るわよ?」
「やってみろよぉ」
「それじゃあ、やらせてもらうわね」
ゆっくりと歩を進め、男の前に立った。今度は左手を伸ばしてくる。わたしその手を右手で掴むと一気に胴体を引き寄せて、腹部に右膝を突き立てた。「ぐはっ」と、うめいて崩れ落ち、膝立ちになったところで、左右の側頭部にそれぞれキック。もはやふらふらとグロッキー状態なのだけれど、最後に真正面から顔面を蹴飛ばして、ばたんっと仰向けに倒してやった。手を抜いてやった。三割くらいの力しか使っていない。それでもめでたく失神してくれたようだ。
力を抜いたとはいえ、だいぶん、えげつない蹴り方をしてしまった。だから、またちょっと周囲をヒかせてしまったかなと思う。実際、しーんとなった。
だけど、次の瞬間、観衆はわっと沸いた。「いいぞ、ねーちゃん!」という拍手。「メイヤちゃん、カッコいいっ!」という歓声。「ピューイ! ピューイ!」と指笛が飛び交う。
どんな顔をしたらいいのかわからなくて、わたしは眉をひそめた。すると、いつの間にか最前列にまで至っていたヨンフーに、「メイヤさん、ポーズ、ポーズッ!」と急かされた。
仕方なくわたしは正面に向き直った。左手を腰に当てて顎を引き、前を見つめる。カメラ小僧どものフラッシュが眩しかった。




