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翌朝、少し寝坊してしまったわたしは、最近購入し、冷蔵庫の上に置いたトースターに食パンを放り込んだ。焼けるのを待って、コーヒーカップと一緒にデスクまで運んだ。なんとはなしにテレビをつけ、回転椅子に座って画面を眺める。
どうでもいいローカルニュース。『開花路のミスコン、出場者決定!』という銘打たれた話題だった。計十名いる出場者の顔写真がいっぺんに映し出される。ミスコンなんかに出るニンゲンは酔狂だなあと思う。外見を競ってどうするというのだ。男も女も大切なのは中身だろう。
なんて考えながら出場者の顔を順繰りに辿っていたのだけれど、途中でコーヒーを吹き出しそうになった。候補者の中にわたしがいるのだ。「何、これ……」と思わず呟いた。それから「あっ」と声が出た。この街でわたしの姿を正面からカメラでとらえたニンゲンなんていないはずだ。となると、怪しいのは…。
昨日もらった名刺にある直通とおぼしき番号に電話をかけた。出たのは女性で、だから「ヨンフーってヒトを呼んでもらえるかしら?」と速やかに告げた。まもなくして、彼は「はいはい」と通話に応じた。
「昨日、写真を撮られた女なんだけど」
「ああ、ああ、わかります。今やっていたニュースを見られたんですね?」
「そうよ。で、ミスコンとやらの出場者にわたしが含まれているのはどういうこと?」
「こっちとしては既定路線だったんですよ。写真を撮らせてもらって、エントリーさせてもらうっていう」
「勝手にエントリーするなんて、不謹慎じゃない」
「まあまあ、そう怒らずに」
「出ないわよ、わたしは」
「そんなあ、困りますよ。ミスコンの主催はウチの出版社ですし、もう発表もしちゃったんですから。賞金なら出ますよ。優勝者にはどんと百万ウーロンです」
「お金なんて要らないわよ。とにかくエントリーを取り消して」
「時に、おねえさんはなんの仕事を?」
「探偵よ」
「ほぅ、探偵。ということなら、依頼料をお支払いします。だったら受けてもらえますよね?」
「受けるも受けないもわたしの自由なの」
「まあまあ、服ならこちらで用意しますし」
ダメだ。話が通じそうな相手じゃない。だからって出るの? このわたしが? ミスコンなんかに?
「とにかく、当日現場に来てください。お願いしますよ」
「あっ、ちょっと待ちなさい」
電話は切られてしまった。「ああ、もうっ! ああ、もうっ!と頭を掻きむしる。実に不愉快だ。あのヨンフーとかいうおっさん、まさかこんな腹積もりだっとは。
コーヒーに改めて口を付ける。電話が鳴った。「はい、こちらガブリエルソン探偵事務所ですっ」と尖った声で応答した。「ご機嫌斜めの様子だな」と言って寄越したのは、精神科医でセラピストのフェイ先生の声だった。
「どうされたんですか? 開院中ですよね?」
「今日は予約が午後にしか入っていなくてな。それで自宅でゆっくりテレビを見ていたところなんだが」
「ひょっとしてミスコンの件ですか?」
「ああ、そうだ」
「とある馬鹿が勝手にエントリーしただけです。出ませんよ、わたしは。ぜぇぇったいに出ませんから」
「多分、もう遅い。新聞のローカルニュース欄にも掲載されてしまっているからな」
「えっ、そうなんですか?」
「男どもに目の保養をさせてやってもバチは当たらんと思うぞ? そうでなくたって、おまえが出場を拒否したら、残念がる知り合いもいるだろう?」
「それは……」
毎日の外回りで顔を合わせている様々な商店のご主人や奥様、それに見掛けたら声を掛け合う仲にある友人らの顔が頭に浮かぶ。テレビでも流れた。新聞にも載っている。となると「メイヤちゃんが出るんだったら応援してあげないと」みたいな空気がすでに出来上がってしまっているかもしれない。だったら、その期待を踏みにじるなんて真似は……。
「ううぅ……まさにジレンマですよぅ」
「まあ、出てみろ。見物に行ってやる。わたしの期待を裏切ってくれるな」
「うぅぅぅぅ……わかりましたよぅ」




