30.『不本意・不愉快・不謹慎』 30-1
午前中の外回りの最中、東西に長い公園を横切ろうとしたところで、うしろから男に声を掛けられた。無精ひげに赤と黒とで構成された格子柄のネルシャツ、ジーパン。中年の太った男だ。なんだかみすぼらしくもある。一眼レフを首からさげている。それだけは値が張りそうだ。
「貴方、さっきからつけてきていたでしょう?」
「おねえさん、鋭いっ」
「何か用事?」
「いやあ、写真を一枚、撮らせてもらいたくって」
「写真?」
「モデルを探しているんですよ」
「なんのモデル?」
「当方、ファッション雑誌を担当していまして。いわゆる読者モデルというヤツです。おねえさん、べらぼうに美人ですから」
「褒めたって何も出ないわ。他を当たりなさい。頬の傷が見えないの?」
「いやあ、それもいいアクセントですよ」
ある意味トレードマークではあるものの、出会ったばかりの男に「いいアクセントですよ」だなんて言われてしまうことはちょっと不本意だ。他意なく言っているのだろうとは思うけれど。
「まずは名刺をもらえる?」
「無論です。差し上げますよ」
名刺を受け取った。『ズールイ出版社 モデル誌担当 ヨンフー』とあり、電話番号が二つ記されている。いっぽうは社の代表電番で、もういっぽうは部署直通のものだろう。探偵がモデルをやるのはどうかと思う。だけど、一枚くらいならいっかと、わたしの中で楽観論が働いた。
「ねぇ、一枚だけでいいんです。撮らせてやってくださいよぉ」
「いいわ。一枚だけね」
「やっりぃ」
あえて頬の傷を隠そうとは思わない。だからわたしは腰に手を当て、真っ向からカメラに向かった。
「綺麗に撮ってよね」
「それはもう、それはもう」
男は一度、シャッターを切ると、「いやあ、いいものが撮れました」と言って、にやっと笑ったのだった。




