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29.『とある男性の片思い』 29-1

 わたしがまだ十七の頃、お母さんが突如として姿を消した。探して欲しいと言っても、警察にはまともに取り合ってもらえなかった。この街の署員は相当なことがない限りは行方不明者が出たところで動こうとはしてくれない。だから悲しみに暮れ、途方にも暮れた。


 わたしはない頭を振り絞って、どうしたらいいのか、一所懸命に考えた。そこで頼ってみようと考えたのが探偵だった。


 といっても、探偵なんてどこにいるのかわからない。だからわたしはあちこちに訊いて回って、その末に訪れた先が『マオ探偵事務所』だった。


 マオさん。


 第一印象は良かった。のっぽで顔立ちの整った素敵な男性だと感じた。けれど、話をしている内に、ちょっと理屈っぽいヒトなのかもしれないと思わされた。冷たいヒトなのかもしれないとも感じさせられた。無表情で正論ばかり吐くからだ。それでも依頼は受けてくれた。


 結果、マオさんは残酷なことを簡単に言ってのけた。結論としては、「もうお母様には会えないだろう」とのことだった。当然、わたしはしゅんとなった。泣きもした。この先どうやって生きていこうと考え、暗い気持ちにもなった。


 そんな折に提案されたのだ。マオさんから「実は助手を欲している」って。今なら確信的に言うことが出来る。当時の彼に助手など必要なかった。いや、未来永劫、要らなかったことだろう。だけど彼は雇い入れてくれた。優しさがあってこそのことだろうと思う。


 わたしはマオさんの真っ黒な瞳が好きになった。マオさんが時折見せる微笑みも好きになった。彼の頭脳の明晰さには幾度となく唸らされたし、そんな探偵の助手をやっているのだと思うと、なんだかとても誇らしくも感じた。


 十八を迎えた頃からだろうか。わたしはとにかくマオさんのことが愛おしくて愛おしくてしょうがなくって、「抱いてくれーっ」みたいなことをひっきりなしに言いまくった。せがみにせがんだのだ。だけどそのたび、いなされた。「私と君とは一回りも違うじゃないか」って。


 歳の差だけは埋めようがない。だったらいつまで経っても抱いてもらえないではないかと憤ったりもした。だけどそんなことどこ吹く風で、マオさんはわたしに「早くいいヒトを見付けなさい」とまで言ってくれた。悔しかった。子供扱いされていることが。女として見てもらえないことが。


 今でも「マオさんの馬鹿……」と呟きたくなる。そして、彼がわたしの前から姿を消してしまったことを、やっぱり残念に思うのだ。


 ソファの背もたれに体を預けつつ、天井を仰いで「マオさーん、わたしが本当に他の誰かのものになっちゃってもいいんですかあ?」と言い放った。自分でも驚くくらい無邪気な声が出た。


 インターフォンがヴーッと鳴ったのは、その時だった。


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