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デスクにある黒電話を借りて署に連絡。ミン刑事を捕まえた。訪れた彼に、のっぴきならない状況だったと説明したところ、納得してくれたようで、「止むを得んさ」とだけ言ってくれた。
死体が速やかに運び出される。ミン刑事の指示を受けた警察の作業員の手によって、この一室に飛び散った血液も綺麗に拭き取られ、三十分もすれば元の綺麗な診察室に戻った。わたしの体には返り血が付着していたけれど。
ミン刑事が立ち去り、フェイ先生と二人きりになる。デスク上には小さなリボルバー。彼女が自らを撃とうと用いたものだ。
煙草の切っ先に火を灯し、フェイ先生は細く煙を吐いた。
「メイヤはクガイを殺るつもりで来たのか?」
「そのケースは想定内でした。何も殺す必要はなかったとお考えですか?」
「そうは言わん。おまえは私の不安の根っこを取り除いてくれたんだからな」
「フェイ先生が殺されてしまったら、たまったもんじゃありません」
「クガイにはすまないことをしたと思っている」
「考え過ぎるのは良くないですよ」
「だがな、アイツだって、私と出会っていなければ、もう少し違った人生を送れたんじゃないのかね」
「クガイ本人にも言ったことですけれど、昔の女が今でも自らを好いていると考えるのは大きな間違いでしかありません」
「私は本当に愚かな真似をした」
「それこそ、昔の話です」
「ああ……マオは一体、どこで何をしているんだろうなあ……」
「また抱かれたいんですか?」
「セックスをするしないの問題じゃない。ヤツみたいな男がこの街にいるというだけで、わたしは愉快だったんだ。ヤツを呼び出す時は、それなりにドキドキしたものさ」
「フェイ先生も女のコなんですね」
「いいおばさんを捕まえておいてよく言う」
突如としてフェイ先生は天井を仰いだ。両の目尻から頬にかけて涙が伝う。
「涙の熱さなんて、久しぶりだ。ああ、本当に、私は愚かだったなあ……」
「あまり自分を卑下なさらないでください」
「卑下したくもなるんだよ」
「だけど、しないでください」
「おまえは優しいな」
「そんなつもりはありません。自らの考え方を貫きたいというだけであって」
「マオが残した遺産は大いなるものだった」
「わたしは遺産なんかじゃありませんよ。現在進行形です」
「いい答えだ」
「でしょう?」
「ああ」
フェイ先生は涙交じりの顔で、らしくもなく、微笑ましげに微笑んだのだった。




