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26-4

 明くる日の朝。


 作戦通り、昨日、ミン刑事は奥様の様態に関する情報をマスコミにリークした。その上で、無理やり報道させたのかもしれない。彼はやるとなったら徹底的にやるニンゲンだ。各社の朝刊にも掲載されていたし、早朝のテレビニュースでも流された。


 病院の一階、受け付けのブースの前で張っているさいちゅう、入院中であるらしい患者衣をまとった知り合いの老婆に声を掛けられた。


「おやまあ、メイヤちゃんじゃないか。どうしたんだい? 何かの病気かい?」

「いえ。待ち人がいるんです」

「誰と会うんだい?」

「秘密です」

「よくわからないね。でも、自分の身は大切にするんだよ?」

「おばあさんこそ、ご自愛ください」


 黒いスーツに身を包んだ男が姿を現した。礼服だ。色鮮やかな花束を抱えている。わたしは彼が怪しいと睨んだ。


 一階の受け付けで、事務の担当であるらしい女性が、男に何か情報を与えたらしいところまで見届けた。


 男が去ったところで、わたしはその事務員に近付いた。


「ひょっとして、女性の探偵さんって……」

「その通り。わたしのことです」

「あの、その……」

「口籠る必要はありませんよ。頬に傷のある女が現れるようなことがあれば、力を貸すようにと言われたんでしょう?」

「はい。朝礼でその旨が周知されました。探偵さんには協力するようにと。ミン刑事というかたからのご依頼だと伺いました」

「今来た男性には嘘を教えたんですね?」

「はい。指示にあった通り、三階の空き部屋をお教えしました」

「感謝します」


 階段をのぼり、三階へと上がった。角を折れ、まっすぐな廊下へと出る。問題の病室の前では、礼服を着た男がすでにハンズアップしていた。ミン刑事の「みなさん、避難しろ!」という大声が響き渡る。このフロアの職員にも指示は周知徹底されていたのだろう。彼らは慌てることなく入院患者を自室へと促すなり、あるいは現場を離れるなりする。


 わたしは速やかに礼服の男に近付き、そのこめかみにオートマティックの銃口を突き付けた。「そのまま動かないで」と低い声で告げた。


「貴方が奥様を撃った犯人ね?」

「それは……」

「違うの? 違わないの?」

「だからそれは……」

「はっきりしなさいよ」


 わたしは殊更強く銃を突き付ける。ミン刑事は丸椅子に腰かけたまま、男に鉄砲を向け、不敵とも言える笑みを浮かべている。わたしは早速、持ち物チェックをした。懐にも手を忍ばせた。得物はない。


 ミン刑事が「花束を調べてみろ」と言った。「落ちる時、重くて硬い音がした。何か仕込んであるんだろう」と続けた。


 わたしは床に落ちている花束を漁った。小振りのマシンピストルを見付けた。両手を上げたままでいる男は「ちっ」と舌を打った。決まりだ。もう間違いない。ミン刑事の奥様、シュエリーさんを襲った男はコイツだ。


「ウチの女房を始末できなかったことがそんなに悔しいか? でも、おまえが詰めの甘いニンゲンで助かったよ」


 そう言うと、ミン刑事は立ち上がり、男の顔面を正面から殴り付けた。鼻血を出し、二歩、退しりぞいた男を睨み付け、「ゆるせねーよ、おまえだけは」と彼は凄む。しかし、わたしは「待ってください」と右の手のひらをを前に差し出した。


「まあまあ、ミン刑事」

「なんだよ、メイヤ。この期に及んで」

「訊くべきことは訊かないと。貴方は前科者ですか? それもミン刑事に逮捕された?」

「……ああ」

「だとすると、奥様を狙ったのはやはり怨恨?」

「……ああ」

「どうやってミン刑事宅の住所を知ったんですか?」

「あとをつけたことがあるんだよ」

「なるほど」

「メイヤ、もういいか? 殺しても」

「ダメです。いけません。この状況でったら、それはただの殺人ですから」

「だったら、俺の怒りはどこにぶつければいい?」

「わたくしめが請け負います」

「ああん?」


 すかさずわたしは振り向きざまに右のハイキックをぶん回した。気持ちがいいくらい鮮やかに側頭部に決まり、男は廊下に転がった。ぴくぴくと身をけいれんさせ、気絶した。


「これでどうです? ミン刑事」


 すると、きょとんとした顔をしていた彼は大口を開けて笑った。


「わかった。もういい、充分だ。おまえは最高だよ、メイヤ」

「何かの折にはまたご用命を」


 わたしは右手を胸に当て、慇懃にこうべを垂れたのだった。


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