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翌朝。
ペンギンマークの宅配業者は、この街以外にも名が知れ渡っている大手の運送会社だ。老舗中の老舗である。
わたしは『開花路』にある彼らの仕事場を訪れた。小型のトラックが何台も止められていて、積み荷を載せ次第、いずれも配達に向かう。
事務所に詰めている支部長に通してもらった。頭は禿げ上がっており小太り。配達員と同様に緑色のつなぎをまとっている。
応接セットへと促され、ソファについたところで、早速、身分と経緯とを話した。
「そうですか。ウチの従業員を騙ったニンゲンがしでかしたんですか……」
「例えばの話ですけれど、作業着を奪われたかたはいたんですか?」
「ええ、おりました。公衆トイレで両手両腕を縛られ、猿ぐつわをされた状態で、個室に押し込められていたそうです。市民のかたが偶然見付けてくださいました。用を足そうとしたところを襲われたんでしょうね。無論、即刻通報しました」
「そのかたは犯人の顔を確認したのでしょうか」
「いえ。いきなり後部を鈍器のような物で殴られ、気絶してしまったようなので……」
「なるほど」
「なんとかしてご協力したいのですが、申し訳ありません」
「いえ。止むを得ないことは止むを得ないこととして、割り切るより他ありません」
「被害者のかたが一命をとりとめたのであれば何よりです。しかし……」
「ええ。捨て置けないことです。夫が刑事であるとは言え、奥様はなんの罪もない、一般人であるわけですから」
支部長と別れたのち、公衆電話からミン刑事に連絡を入れた。
「やっぱり間違いありません。ペンギンマークの配達員を装った人物の犯行であるようです」
「そうか……」
「ええ」
「とはいえ、それがわかったところで、どう対処したもんか……」
「提案があります」
「なんだ?」
「奥様におとりになっていただきましょう」
「おとり? おいおい、メイヤ、おまえ、何を言っているんだ?」
「話は最後まで聞いてください。マスコミにリークするんですよ。ニュースとして報じてもらうんです。ミン刑事の妻、重傷、だけど命に別状はなし、最寄りの病院で療養中、といった具合に。そしたら犯人は網にかかるかもしれない」
「犯人はそれだけシュエリーのことを殺したがっているってことか?」
「わたしはそうだと思います」
「おまえの目論見は理解した。だが、見舞客全員を問い質すのか?」
「ターゲットが男性だということはわかっているじゃありませんか」
「つってもだな、ウチの女房は交友関係が広いんだ。男友達だって、少なからずいるはずだぜ?」
「この際、男性については、全員、疑っちゃいましょう」
「しかし、それをやるとなると、病院側の協力も必要になるはずだ」
「その交渉はミン刑事にお任せします」
「それは構わんが」
「背に腹は変えられない。違いますか?」
「違わねーさ。やっこさんを誰より捕まえたがっているのは俺自身だからな」
「大丈夫。上手くいきますよ」
「俺は女房の病室で待機していればいいんだな?」
「まさか。そんな危険をおかす必要はありません。病院に言って、一つ空き部屋をこしらえてもらえばいいんです。職員のかたには、そこが奥様の病室だと、見舞客を装って訪れるであろう犯人に伝えていただく」
「だが、実はその部屋では俺が待ち構えている」
「はい。そういう段取りです」
「ウチの若いを少々動員したほうがいいな」
「わたしとミン刑事だけでやれますよ」
「そうか?」
「問題ありません」
「わかった。了解したよ」
「犯人が短気だといいですね。裏を返せば、慎重な男だと厄介です」
「おまえの勘を信じるさ」
「ありがとうございます」
「いや。礼を言うのはこっちのほうだよ。頭を悩ませちまったようで、悪かったな」
「悩んではいません。ぱっと思い付いた計画ですから」




