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26-2

 ミン刑事の奥様が自宅で撃たれた。両腕、それに胸に風穴を空けられたのだ。ミン刑事は弱音を吐くような人物ではないのだけれど、それでもウチに連絡を寄越してきたあたりに弱気になっているふしが窺えた。彼にもそんな瞬間があるということだ。


 わたしはジャケットを着てボルサリーノをかぶり、夜、この街でいっとう大きな病院へと急行した。ミン刑事から聞かされた通り、二階に上がると、彼は暗い廊下で壁際に設置された長椅子に座り、頭を抱えていた。突き当たりに手術室が見える。文字通り、手術中なのだろう。


 ミン刑事に近付く。


 彼は「シュエリー、すまん……」と弱々しい声で呟いた。それからようやくこちらに気付いたようで、顔を上げると、「ああ、メイヤ。こんな時間に呼び出しちまって悪かったな」と、ほっとしたような表情を浮かべた。


「奥様のご容態は?」

「わからん。俺が駆け付けた時には、もう手術室に入っていた」


 わたしはミン刑事の隣に腰掛けた。


「大丈夫ですよ。大丈夫に違いありません」

「そう願いたい。というか、そう思わせてもらいたくって、おまえを呼んだんだがな。本当に、すまん……」

「水臭いことは言いっこなしです」


 手術室のドアが開いた。出てきた中年男性は手術を請け負った担当医なのだろう。


「上手くいきました。心配されることはありませんよ。今は麻酔で眠っていますが、起きられたらすぐに会話もできるはずです」



 手術後、奥様が病室へと運ばれても、ミン刑事と一緒にいた。彼は暗い病室で、ずっと彼女の手を握っていた。


 奥様は明け方になって、目を覚ました。


「ごめんなさい……」


 というのが、奥様の第一声だった。ぽろぽろと涙をこぼしながら、「ごめんなさい、ごめんなさい……」と言う。「ウァイサンさん、ごめんなさい……」と彼のファーストネームを口にして、彼女は謝罪する。


「ごめんなさい。貴方の手をわずらわせてしまって……」

「わずらわしいだなんて思っちゃいねーよ」

「私は貴方の、刑事の妻です。だからどんなことがあっても迷惑だけはかけまいと思っていたのに……」

「押し入られても、取り乱したりはしなかったんだろう?」

「そのつもりです。また貴方に会えて良かったです。幸せ者です、私は……」


 奥様の上に覆い被さり、ミン刑事は彼女のことを抱き締めた。


「おまえに先立たれたら俺は路頭に迷っちまう。生きていてくれて、ありがとうな」

「ウァイサンさん、私……」

「もう何も言うな」


 奥様はひっくひっくとしゃくり上げる。ミン刑事の上半身に抱き付き、すすり泣いた。


「つーか、情けねー話だろ? 俺は不安で不安でしょうがなくて、だからメイヤに来てもらったんだ。少しでも安心したいがために」

「ミン刑事にピンチだと聞かされたら、どこであろうと馳せ参じますよ」

「メイヤさん、ごめんなさい……」

「ですから、いいんですよ、奥様。あなた達の力になれて、良かったです」


 ミン刑事は抱擁を解くと、「で、どういうことなんだ、シュエリー」と言葉を向けた。「いったい、誰にやられたんだ?」と彼女に問うた。


「宅配業者を名乗られて、玄関を開けたんです。そしたら、ドアを開けた途端、押し入られて……」


 その時の恐怖は言い尽くせないと思う。思い出したくもないだろう。だけど、ミン刑事はだ。「どんなヤツだった?」と早速尋ねた。


「ペンギンマークの宅配便です」

「大手だな。だから戸を開けちまったってわけだ」

「はい。私が無防備過ぎたんです」

「そんなことはない。宅配業者を装われたら防ぎようがない」

「ですけど、迂闊でした」

「だから、そんなことはないっつってんだよ」


 わたしは奥様に顔を寄せた。


「両腕の傷は痛みますか? あと、胸の傷も」

「大丈夫です。平気です」

「本当に、気丈なんですね」


 ミン刑事が五十過ぎであるが、シュエリーさんは二十代だ。ミン刑事とは親と子ほど離れている。彼は結婚と離婚を繰り返している。だけどもう、そんな真似はしないだろう。見るからに愛し合っていることは明白だから。


「以前にも言ったことではあるが、おまえは俺と別れるべきなのかもしれないな」

「ウァイサンさん、どうしてそんなことをおっしゃるんですか?」

「今回の一件についても、俺が刑事だからこそ起きちまった。多分、手を下したニンゲンは、俺が過去に逮捕してやった野郎だろう」

「それでも、私は」

「俺の女房でいたいってのか?」

「いけませんか?」


 ミン刑事は前髪を掻き上げた。彼の顔には苦笑がにじむ。


「犯人は男か?」

「はい。そうです」

「もう行くぜ。俺はそいつをとっちめてやらなくちゃならん」

「わかっています。ですけど、ウァイサンさんが危険に身を投じるとなると……」

「不安か?」

「はい……」

「だけどな、俺はおまえのことを傷付けたニンゲンがゆるせないんだよ」

「そうおっしゃっていただけるのは素直に嬉しいです。でも……」

「今、俺の隣にはメイヤがいる。これほど心強いことはねーのさ」

「ですけど、メイヤさんまで危ない目に遭わせるわけには……」

「メイヤはそんな弱っちぃニンゲンじゃねーよ。だよな?」

「はい。見過ごすわけにはいきませんね。ミン刑事とシュエリーさんには、いつまでも幸せであって欲しいですから」

「つっても、俺が犯人に辿り着けるって保証はどこにもねーんだがな」

「そのへんの穴埋めをするのがわたしだと自認しています。まずはペンギンマークの宅配業者から洗ってみようと思います」

「悪いな」

「いえ。いいんですよ。今回は仕事抜きです。なんとしても犯人を捕まえてやらないと」


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