66:ヒロインとモブの対話
あたしは親に頼み込んで転入を早め、二人の仲を引き裂いた。
りっちゃんが一瞬で拓馬の好感度ゲージをマイナスの最低値まで落としたのを見て、それならばとあたしに対する他の攻略対象キャラ三人の好感度ゲージもプラスの最高値まで跳ね上げてもらった。
問題はないはずだった。『カラフルラバーズ』にも逆ハーレムルートがある。
イケメンを侍らせ、皆から羨ましがられるのはヒロインの特権で、来年入学して来る青海聖一もいずれあたしのものになるはずだった。
それなのに、野々原悠理は反逆した。
いや、元はといえばこの事態を招いたのはシロだ。
あいつが拓馬の感情制限が外れたことを速やかにりっちゃんに報告しなかったからこんなことになった。二リットルのペットボトルにガムテープで巻きつけ、拘束する程度の罰では甘かった。甘すぎた。
いくら後悔しても、もう遅い。
りっちゃんはあたしの元を去った。
好感度ゲージは見えなくなり、ヒロイン補正の全てが消えた。
あたしは敗者として教室の隅に追いやられ、今日もクラスメイトからヒソヒソ言われている。
最悪だ。あたしは玉座を追われた。
これも全て野々原悠理のせいだ。モブのくせに。モブの分際で。
「一色さん。ちょっと話がしたいんだけど」
「……は?」
月曜日の昼休憩。
窓の外はあたしの心を反映したような曇り空。
けれど、天気などお構いなしにクラスメイトたちは今日も流行りのドラマがどうだの、ソシャゲのガチャがどうだのと姦しい。
その中でも、最も耳障りなのが隣で拓馬と話すこの女の声だというのに、何故話しかけてくるのか。
「……土下座して詫びろとでも言うわけ?」
読んでいた本を閉じ、野々原悠理を睨む。
この一週間はいないもの扱いしてきたくせに、いまさら何の用だというのか。
「違うよ。純粋に話がしたいの。ここじゃなんだから、付き合って」
悠理はセミロングの髪を翻し、教室を横切った。
無視したらこじれそうだ。
拓馬も窓際の一番後ろの席に座ったまま、じっとあたしを見ている。
渋々立ち上がり、あたしは悠理の後を追った。
生徒たちとすれ違い、廊下を歩き、屋上へ上っていく。
「雨が降りそうだね」
無人の屋上に出て、悠理は灰色の空を見上げてそんなことを言った。
どうでもいい。胸中で舌打ちする。
「話って何なの」
「一色さんは拓馬のことが本当に好きだったの?」
屋上の中央で、悠理は身体ごと振り返り、あたしを見た。
「好きだったらどうだっていうのよ。いま拓馬はあんたのものなんでしょ、だったらそれでいいじゃない」
「良くないよ。好きだったっていうならなおさら、私には全く理解できないの。私が拓馬に告白してフラれた後、拓馬は泣いてたんだよね? 好きな人が泣いてたのに気にしなかったの?」
「それはあんたがモブという立場もわきまえず、拓馬を誑かしたからでしょ? あの涙はあんたがいなければありえない涙だった。感情をリセットしてしまえばそれで済むと思ったのよ」
悠理は目を伏せ、神妙な顔つきになった。
「……でもね、一色さん。私だったら、たとえ原因がなんであれ、拓馬が泣くようなことがあれば気に病むよ。どうにかしたいと思わずにはいられない。でもあのとき一色さんは拓馬の気持ちなんてまるで考えずに、これで拓馬が自分のものになるって喜んだんだよね。大福に聞いた」
「へえ。じゃああんたは自分がヒロインだったら同じことをしなかったと心から誓えるの? ぽっと出のモブに好きな人を奪われても、それが拓馬のためならって、笑って祝福できるのね。偉いわね、全く。尊敬するわ」
「笑って祝福……は、無理だな。もし拓馬が他の人と結ばれることがあったら、やっぱり悲しいし、泣いちゃうな。実際、物凄く泣いたし」
悠理は苦笑して頭を掻いた。
「でしょう? だったら――」
「でも、それならなんで、拓馬の心を無理やり射止めただけで満足しなかったの? 他の三人の心まで操ったのはどういうこと?」
あたしは半端に開けていた口を閉じた。言い訳のしようがない。
畳み掛けるように、悠理が言う。
「『カラフルラバーズ』には逆ハーレムルートがあったよね? それを再現しようとしたんでしょう? つまり一色さんにとって拓馬は逆ハーレム要員の一人でしかなかったってことだよね?」
湿った風に悠理の髪がそよいでいる。
「そうよ。あたしはヒロインだもの。逆ハーレムを目指したって罰は当たらないでしょう?」
開き直ると、
「当たってるよね。思いっきり」
憐れむような顔で論破された。
ぐうの音も出ない。
四股をかけたことであたしは皆の非難を浴び、孤立しているのだから。




