64:決戦は月曜日
「拓馬はりっちゃんのこと怒ってないの?」
「そりゃ怒ってるけど、おれ以上に有栖先輩が怒ってくれてるからもういい。いくらなんでもおれにリスの皮を剥ぐ勇気はねえよ」
「だよね」
苦笑し、パウンドケーキをフォークで口に運ぶ。
しばらく談笑した後。
「あの、皆に話したいことがあるんですけど」
会話が途切れたところで、私は切り出した。
全員の視線が私に集まるのを待って、言う。
「話というのは、他でもない、乃亜のことです」
拓馬と由香ちゃん、幸太くんはびっくりした顔をした。
「何? まさかあいつ、また何かやったの? あれだけ釘を刺しておいたのに」
有栖先輩の視線が尖る。
「いえ、違います。乃亜は何もしてません。むしろ、だから問題というか、その……乃亜は完全に孤立してしまっています」
「それはそうだろうね。この僕に対しても四股かけてたわけだし、皆が正気に戻れば反感を買うのは目に見えてた。自業自得でしょう?」
有栖先輩の態度は「それのどこに問題が?」といわんばかりだ。
この人は敵と認定した相手には徹底的に厳しい。容赦がない。
私もそのおかげで救われた人間の一人だけど。
「……月曜日、私は乃亜に話しかけようと思ってます。皆から空気みたいに無視されて、いつも一人でいる乃亜を見て『いい気味だ』とはどうしても思えないんです」
「ふうん。随分と甘いんだね、野々原さんは」
有栖先輩の目が細くなる。心の奥底まで貫くような目。
私は呑まれまいと気を張って、言葉を紡いだ。
「……私だって彼女がやったことは到底許せません。だからこれまで乃亜がどんな陰口を叩かれようと、クラスメイトから小突かれようと、気にしないように努めたんです。一週間。私が苦しんだ時間と同じ時間を彼女に与え、ようやく声をかける気になりました。でも、それが私の我儘であることはわかっています。ここにいる皆のうち、誰か一人でも反対だというならこのまま静観を貫きます。私からはもう何もしない」
一息で言い切って、私は黙った。
天井を見上げる者、眉間に皺を寄せる者、俯く者、反応は様々だ。
やがて、拓馬が口を開いた。
「悠理が決めたことならおれは反対しない」
「はあっ!?」
すっとんきょうな声を上げたのは幸太くんだった。
ソファから半分腰を浮かせて、彼は焦ったように両手を振った。
「お前が一番の被害者だろ!? 何回も洗脳されてさ! なのに許すのか!?」
「許さねえよ。許せるわけないだろ」
拓馬は不満そうに口をへの字に曲げ、ぽんと私の肩を叩いた。
「でも、悠理がそうしたいっていうんだからしょうがないだろ。たとえ万人が自業自得だと嘲笑しても、こいつは笑えないんだよ。そういう奴だからおれはこいつを好きになった。仕方ない」
拓馬は肩を竦めた。
「……惚れた弱みってやつだね」
由香ちゃんが小さく笑う。
「ああ、全くだ。我ながら厄介な女に惚れたと思うよ」
「ふふ。私も悠理ちゃんの意見には反対しないよ。賛成とは言えないけど、それが悠理ちゃんの意思なら尊重する。私も正直、可哀想だなと思わないでもないし、ね」
由香ちゃんは頬を掻いた。
「……はあ。まー、拓馬やののっちがそう言うなら。好きにしたらいいんじゃね?」
幸太くんは手のひらを上に向けて、両手を広げた。
「……。俺も同じ意見だ」
リスを肩に乗せて、陸先輩が言う。
「となると」
幸太くんに続いて、皆が有栖先輩を見る。
「…………。付き合ってられない。君たちみんな、甘すぎて砂糖を吐きそうだ」
有栖先輩は不機嫌そのものだ。
やっぱりダメだろうか。
唾を飲んで審判を待つ。
「……でもまあ、それが君たちなんだよね」
ややあって、有栖先輩は苦笑した。
「好きにすれば?」
「!!!!」
私はぱあっと表情を輝かせた。
「ありがとうございます!!」
「……何でそこで喜ぶのか、僕には全く理解できないんだけど。本来この世界のヒロインだった乃亜にとって君はただのモブだ。自分から拓馬を奪った憎い敵だ。そんな君に自分が招いた悲惨な境遇を憐れまれるなんて、乃亜にとっては屈辱でしかないはずだよ? 拒絶されることは考えてないの?」
頭を下げた私に、有栖先輩は呆れ顔。
「確かに。あたしからヒロインの座を奪っておいて同情かよ、調子乗ってんじゃねえ! って、逆切れされるかもよ、ののっち」
幸太くんが心配そうに眉尻を下げた。
「うん。でも、覚悟の上だよ。乃亜とは一度ちゃんと話してみたいと思ってたの」
「……また何かあっても今度は助けないからね」
有栖先輩がため息交じりに言ったとき、
「大丈夫です。そのときはおれがどうかしますから」
拓馬がぐいっと私の肩を掴んで引き寄せた。
肩が触れ合い、心臓が心拍数を跳ね上げる。
拓馬は至って真剣な顔をしていたけれど、目が合うと笑った。
ますます心臓の音が大きくなる。
「あ、ありがとう、拓馬」
「あっ黒瀬くんずるい。私も悠理ちゃんの味方だもん!」
「オレもだもん!」
幸太くんが即座に乗って、ちらっと陸先輩を見た。
「……まさか続けと?」
陸先輩が警戒するように、わずかに身を引く。
「いえいえ、気にしなくて大丈夫です」
私はつい噴き出して手を振った。
拓馬も由香ちゃんたちも笑っていた。
笑いながら思い出す。乃亜の憎々しげな眼差しを。
神さまは有栖先輩が完全に無力化してくれた。乃亜もそうだ。
いまだ私への恨みを抱えていても、この一週間、乃亜はずっとおとなしかった。
放っといても彼女から私に何かしてくることはないだろう。
でも、他人任せのままじゃ終われない。
私自身が乃亜と決着をつけなきゃいけない。




