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社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。  作者: 星名柚花


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61/66

61:「ごめん」

 ◆   ◆


「黒瀬くん来ますかね」

「来るでしょう。あれを読んでもまだ目が覚めないとかありえないよ」

「そうですね」

 ふふふふふ。

 前方のスクリーンの傍で、有栖先輩と由香ちゃんが和やかに笑い合っている。


「~~~~~」

 私は視聴覚室の椅子に座り、組んだ腕の上に頭を乗せ、長机に突っ伏していた。


 羞恥に耐えられない。顔から火が出そうだ。

 くっ、殺せ――まさにそんな心境である。


 発端は有栖先輩の無邪気な一言。

「ねえ、これ僕も読んでいい?」

 物凄く良い笑顔で聞かれた。無駄に周囲の空気がキラキラしていた。

 あの輝く笑顔を見て「嫌です」なんて言えようか。


 そもそも有栖先輩がいなければ事件は解決しなかった。

 全員が神さまに魅了されて終了、バッドエンド確定だった。

 可愛らしいリスに制裁を与える憎まれ役も彼が買って出てくれた。

 彼は足を向けて眠れないほどの大恩人である。


 私が消え入りそうな声で「どうぞ」と言うと、有栖先輩は読み始めた。ふんふんと頷いて、「いやあ愛が伝わって来るね」と微笑み、露骨に読みたそうな顔をしている幸太くんにパスした。その流れで由香ちゃんや陸先輩まで読んだ。


 まさかあんな恥ずかしい日記を皆に回し読みされる日が来るとは。

 あの日記は日記と銘打った拓馬へのラブレターに等しい。

 私に時間を超える能力があるなら過去の自分を殴りたい。

「未来で回し読みされるぞ気をつけろ!」と忠告したい。切実に。


「拓馬はあんなにも愛されて幸せだな」

 陸先輩までもがしみじみした口調で言っている。

 その肩にはいまもリスが乗っているはずだ。

 有栖先輩の暴行から救ったことで、リスは陸先輩に懐いていた。


「悠理、大丈夫か?」

 顔を横に向ければ、長机の上に大福が立っている。


「大丈夫じゃない……」

 そもそもこうなったのは大福のせいである。


「拓馬への愛を赤裸々に綴った」ことがわかっている時点で大福が私の日記を盗み読みしていたのは確実。全くなんてハムスターなの。


 これで拓馬の目が覚めなかったら、私はますます拓馬に嫌われることになるんじゃないだろうか。

 うわこいつキモ、とか思われて。ドン引きされて。


「ううううう……」

 ひんやりした机に頬をくっつけたまま唸っていると、走る足音が聞こえて、視聴覚室の扉が勢い良く開いた。


 その勢いに驚いて、私は顔を上げた。


 斜め右前、開いた扉の先に拓馬が立っていた。ここまで全速力で走って来たらしく、肩を上下させて。息を切らせて。

 その左手には私の日記帳を持っている。


「悠理」

 拓馬が呼んだのは、私の苗字ではなく、名前。


 瞬時に全てを悟り、私は弾かれたように立ち上がった。

 椅子ががたんと揺れて、後ろの席にぶつかって跳ね返り、その振動が接触した足を通じて伝わる。


 私は急いで席を離れ、前方へと移動した。

 拓馬は私を見つめたまま部屋に入って来た。

 光を取り戻したその目には、もう敵意も悪意も見当たらない。


「……ハッピーエンド以外は許さないからね」

 有栖先輩はとびきり優しい微笑みを残し、視聴覚室を出て行った。

 由香ちゃんは笑顔でピースサインをし、リスを肩に乗せた陸先輩もわずかに口の端を持ち上げ、そうして三人が去る。


 扉が閉まり、大福も無言で姿を消した。

 後に残った私たちは、向かい合って立った。


 拓馬の呼吸音すら聞こえてきそうなほど、部屋は静かだ。

 一日千秋の思いで待っていたはずなのに、いざそのときを迎えると言葉が出ない。

 どうしよう。何を言おう。何をどう話せばいいのか。


「あの」「私」

 拓馬の足のつま先を眺め、長いこと沈黙した末、ようやく顔を上げて言葉を発したタイミングは全く同じで、お互いに狼狽えた。


「あ、いや、えと、どうぞっ」

 私は手のひらで拓馬を指し、発言権を譲った。


「……ごめん」

 拓馬は少しの間黙ってから、真摯に頭を下げた。


「……って、謝っても許されることじゃないよな。酷いことばっかり言ったし。自分でもなんであんなこと言ったのか……とにかくごめん。本当に」

「ううん。大丈夫。原因はわかってるから。拓馬のせいじゃないってわかってるから、気にしてないよ」

「原因がわかってる?」

 怪訝そうな拓馬に、私は全てを話した。


 この世界が乙女ゲームの世界であること。乃亜が別の世界から転生してきたヒロインであること。私もまた別の世界から転生してきたモブだということ。常に乃亜の傍にいて、乃亜に度を越した『ヒロイン補正』をかけ、今回拓馬たちの心を操ったリスの形の神さま。その使いでありながら、神さまを裏切って、私の味方をしてくれたハムスター。

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