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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋するスナイパーは紅蓮のサムライを撃ち抜きたい

 マカフシティに今日も雨が降る。そぼ降る雨はネオンの光を溶かし、ホログラムの広告をぼやかしながら街の汚れと欲望を洗い流していく。

 この街は眠らない、眠らないまま覚めない夢を見ている。そんな中でも銃声だけはいつもリアルだった。

 技術の発展と共に犯罪率が激増したこの街に、もはや法など有って無きようなもの。ギャングたちは時に金のため、時に信念のため、今や唯一の法となった力を振りかざし日々激しい抗争を繰り返している。

 街を支配する企業たちもそれぞれギャングを抱え資金や物資を提供する、さながら代理戦争の様相であった。


 そんな街のとある高層ビルの屋上で、リリカは愛用のスナイパーライフルを組み立てながらガムをぷくっと膨らませた。

 メッシュ入りの金髪を短く束ねたツインテール、無邪気でどこか危険な笑顔。彼女こそはギャング集団・《シルバーリリィ》の誇る天才スナイパー。巷では「最も撃たれてみたいギャル」としてちょっとした有名人であった。

 銃を愛し銃に愛された天才スナイパーが屋上で何をするのかなど決まり切っている。いつだって彼女の仕事は哀れな標的を狙い撃つ事、ただそれだけだ。


「んもー、ターゲット来ないじゃん。ヒマ~」


 だというのに緊張感のないリリカ。そんな彼女に通信越しの仲間の声が響く。


『リリカ、真面目にやれ。紅蓮座の連中が動いてるんだ、油断すんな』

「また紅蓮座~? あいつら顔怖くてヤなんだけど」

『もうすぐターゲットが現れる、文句言わずに集中しろ』

「あーい、わかってる~」


 通信が切れた後にため息をついた。

 今日の獲物は抗争中のギャング集団・《紅蓮座》、極東の島国をルーツとする古参のギャングたちだ。その最高幹部が姿を現すとの情報を得て、確実な抹殺のためにリリカが選ばれたのであった。

 ライフルを構え、スコープを覗く。本来スナイパーはスポッターを同伴するものだが、リリカにはそんなものは必要ない。サイボーグ化された目と彼女自身の才能をもってすれば、たとえ砂漠に落ちた針でさえも見逃す事はないだろう。

 やがて、一台の車がリリカの視界に入った。己の存在を誇示するかのような紋の入った高級車、紅蓮座のものに間違いない。


「来た……」


 リリカの表情が一変する、先程までの幼さを感じさせるものから獲物を狙う獣へと。

 常人をはるかに超える、時が止まったかのような集中力で獲物を待ち構える。彼女にかかればたとえ高速で飛ぶジェット機に乗っていようとも、姿を晒した瞬間に頭を撃ち抜かれてしまうに違いない。


 しかし、今日に限っては事情が違った。

 車のドアが開き、標的の老人が姿を現した。だが、その男を庇うように一人の女が立ちはだかっていた。雨に反射するネオンの光が黒と紅の戦装束を照らす。冷たい雨に濡れようとも崩れない凛とした美貌、その姿がスコープに映り込んだ時、リリカは一瞬呼吸を忘れた。


「……やば、推せる」


 刀を携え、動きは至って静かで無駄がなくまるで機械のよう。濡れた黒髪の映える横顔はあまりにクールでズルいとさえ思った。


『リリカ、何してる!』

「……やばっ!」


 仲間の声にハッと気が付き、リリカは改めて標的を狙う。人や物の合間を縫い、ごくわずかでも急所が見えればリリカの前では死を意味する。

 だが、トリガーが引かれるその直前、黒髪の女の瞳が真っ直ぐこちらを見返していた。


「は? 気付いた⁉」


 驚きながらも弾丸が放たれ標的へと飛来する。刹那、黒髪の女が刀を抜いた。ネオンの光を反射し翻る刃は、事もなげに弾丸を斬り払い叩き落とす。狙撃ポイントから数百メートル以上は離れているはずなのに、その刃が目の前まで届くかのような錯覚を覚えリリカは息を呑んだ。


「マジで……? うっはぁ……」

『リリカ! 撤退しろ!』


 居場所が割れる事はスナイパーにとって致命的、大急ぎで撤収しなければならない。

 しかし、ライフルを抱えビルの間を飛び跳ねるリリカの口元は笑っていた。


「やっべぇ……恋したかも」


 リリカにとって信じがたい狙撃の失敗、かわりに彼女の心臓が撃ち抜かれていた。あの美剣士の視線によって。


*****


 すっかり雨も上がった次の日、リリカは一人で街を歩いていた。


『おいリリカ、おまえどこにいる?』


 仲間からの通信が響く。なぜなら今日はオフというわけでもないのに、勝手に単独行動を取っていたからだ。


「東区に向かってるトコ~」

『はあぁ⁉ 紅蓮座のシマじゃないか! 何考えてるんだ、死ぬぞ!』

「推し活だよん、会えない方が死ぬよりツラいの~♡ んじゃ切るね」

『ちょ、おま――』


 恋に落ちた天才スナイパーはもはや誰にも止められない。

 あれから調べた憧れの彼女、その名はカナデ。《紅刃》の異名を持ち、紅蓮座最強の一角と謳われるサムライであった。


「カナデちゃんどこかな?」


 あっちの通り、こっちの店、カナデの姿を探しリリカが行く。

 リリカの属するギャング集団・《シルバーリリィ》は女性が主な新進気鋭のチーム、それゆえギャングでありながら若い世代にはタレント的な人気があった。例に漏れずリリカもまた「撃たれてみたいギャル」などと言われるくらいであるため、敵対組織のシマをうろついていれば気付かれないはずがない。


「……この気配!」


 刺すような視線を感じ、リリカは人通りの少ない路地へと入っていく。そこには小汚い路地には似合わない雅な茶屋と、その軒先にある縁台に座るカナデの姿があった。


「あーっ! カナデちゃん見っけ!」


 言うが早いか、リリカは素早く駆け寄るとカナデの横へとポンと座る。

 ジロリとカナデの視線が動いた。


「……なんや、えろう躾のなってないお子様やね」

「またまた、そんな事言って~。視線送ってきたのカナデちゃんでしょ~?」

「はて、うち名乗りましたっけ。それにあんた何者どす?」

「知らないって事ないよね、殺気ダダ洩れだもん」


 あくまで知らぬ態度のカナデ。しかしリリカはその静かな佇まいから漏れ出る殺気を感じ取っていた。


「あら……バレてしもた? シルバーリリィのリリカはん」

「正解~! また会いたかったよカナデちゃん!」

「またっちゅう事は、昨日のヘタクソな狙撃はやっぱりあんたの仕業やったんやね」

「あ、あれはカナデちゃんが、その……」


 あまりにも素敵だったから狙いが逸れた、とはさすがに本人を目の前には言えなかった。

 こんな乙女心が自分にあったなんてとリリカ自身も驚いている。鼓動が早まり顔が熱くなるのを感じた。

 もっとも、カナデには狙撃のミスを恥じているようにしか見えないのだが。


「それにしても命知らずやねえ。あの狙撃でうちら紅蓮座とあんたらシルバーリリィの抗争は激化してるっちゅうのに、こんな所をうろうろするやなんて」

「だって、恋しちゃったから!」


 ここでリリカの乙女心が爆発、直前の恥じらいも忘れ思わず本心を言い放った。

 だが、カナデの態度は全く変わる事は無い。一瞬にして隠されていた脇差が抜かれ、刃がリリカの喉元をピタリと捉えていた。


「お子様の遊びに付き合ってる暇はないんやで」

「むっ、遊びじゃないし!」


 リリカも負けてはいない。カナデの脇差が喉元に触れる直前、リリカもまた拳銃の照準をカナデに合わせ、いつでも発砲できる状態にあったのだ。もっともこれは狙ったものではなく、体に染みついた反射的な動きだった。

 二人とも微動だにしないままいくらかの時間が流れた。


「フン」


 ため息のような声と共にカナデの脇差が懐へと収まる。リリカもまた拳銃をホルスターへと収めた。


「遊びじゃないのわかってくれた?」

「……あんた、正気なん?」

「うーん、恋してるからちょっと狂ってるかも! ねえねえ、どうせならこのままデートしようよ!」


 ――その瞬間であった。

 激しい衝撃でリリカは地面に倒れ込んだ。頭はクラクラ、目はチカチカ、全く身動きが取れない。あまりにも素早いカナデの当て身になす術がなかったのだ。


「う……げ……、なにすんのぉ……」

「親父さん、お団子ひとつ」


 カナデは店主から串団子をひとつ受け取り、倒れているリリカの口に突っ込む。


「アホなお子様にお団子奢ったるわ。ほな、これでデートはお終い、はよ帰り。うち以外の連中に見つかったら命がいくつあっても足りひんで」

「むぐう~」


 反論しようにも痛みと口の中の団子でうまく喋れない。

 そんなリリカに向け、カナデは今までとは違う強い口調で言い放った。


「……次会ったら、その首転がす」


 顔を見なくてもわかるほどの憎悪を感じた。

 去っていくカナデの後ろ姿を、リリカはただ見つめる事しかできなかった。


 その後、アジトに戻ったリリカは部屋の隅で丸くなっていた。

 バーを改造したシルバーリリィのアジトのひとつ、その隅っこのボロいソファーの上で、まるでアルマジロかダンゴムシのように。


「ねえ、リリカのやつどうしたの?」

「さあねえ。帰って来るなり「フラれたー!」とか泣き叫んでからずっとあの調子よ」

「へー、リリカがねえ。まあすぐ戻るでしょ」


 仲間たちが自分の事をあれこれ話している。しかしリリカの胸中はカナデに拒絶された事でいっぱいであり、話など全く耳に入ってこなかった。フラれたとは言ったが諦めたわけではない、どうにかしてカナデを振り向かせたい……その一心でひたすら頭をひねっている最中なのだ。


(仲良くするためにはもっとお互いを知らなきゃダメだよね。……うん、そうだよ。カナデちゃんの事、もっと知らないと!)


「んあー!!」


 とある結論に達したリリカは突如奇声をあげ、驚く仲間たちを尻目に奥の部屋へと飛び込んだ。


「ラジー!」

「ひぁっ⁉」


 そこで妹分のラジーを捕まえる。彼女はちょっと気弱だが腕は確かなシルバーリリィのハッカーだ。


「ちょっと頼まれてくんない?」

「わたし今忙しいんですけど……」

「こないだホットドッグおごってやったろ~⁉ すぐ終わるからさ~!」

「ひいっ、はひぃ……わかったよぅ」


 ちょっと強引だが協力を引き出せた。調べるのはもちろんカナデの事だ。


「カナデって、紅蓮座のエースの?」

「そ、名前だけじゃ足りないんだよ~、頼むよ~」

「ま、まあそれくらいなら、できるけど……」


 ラジーの指先が滑らかに踊る。

 エースとはいえ所詮は構成員に過ぎないカナデの過去を調べる事など、ラジーにとって難しくはない。データバンクに記録されたあれやこれやが次々と表示されていった。

 それらの情報を真剣な眼差しで精査していくリリカ。この情報を辿ればカナデの事をもっと知る事ができる、なぜあんなにも敵意を向けてくるのか、その理由がわかるかもしれないとの考えだ。


「おお~、いいじゃんいいじゃん」

「リリカ、これってプライバシーの侵害だよぅ」

「ギャングのハッカーが今さら何言ってんの。あれ、これって……」


 表示されたとある情報に、リリカの目が釘付けになった。


 一方その頃、カナデは組の修練場にて一心不乱に刀を振るっていた。


「……くっ。うちとした事が、あんなガキに心を乱されるやなんて」


 己の迷いを断ち切らんと、カナデはひたすらに刀を振るう。恐ろしいまでのその気迫に誰も声をかけられないでいたほどだ。


「クズどもが……、必ず思い知らせたる……!」


*****


 リリカとカナデの邂逅から数日が経ったある日。真昼間にも関わらず街は銃声と悲鳴、爆炎と硝煙、そして血の臭いが充満していた。

 きっかけはほんの些細な事、たまたま街のレストランでシルバーリリィのメンバーと紅蓮座の構成員が出くわしただけ。しかし抗争が激化している今、それだけでも銃撃戦の引き金には十分だった。

 リリカもまた応援要請を受け現場へと急行する。仲間たちが激しく撃ち合っている現場を見下ろせる狙撃ポイント、ここから紅蓮座の連中を狙い撃つのが今回の仕事だ。


「カナデちゃん……来てないよね?」


 ただし、今日は少し集中を欠いている。リリカはいまだカナデの事で頭がいっぱいだった。

 顔を見たいから現場に来て欲しい気持ちと、撃たなくてはならないから会いたくない気持ちが交差する。だがそこは天才スナイパー、揺れる乙女心に惑いながらも的確に仲間を援護していった。


 もっとも、ここは危険な街マカフシティ。誰であろうと絶対はない。


「……ん?」


 ふと、リリカは妙な音に気付く。

 次の瞬間、戦闘ヘリがリリカの視界いっぱいに飛び出してきた。もちろん紅蓮座のマーク入り、大口径の機銃が厄介なスナイパーを排除せんと牙をむく。


「うっそ、冗談キツいって~!」


 弾丸の雨あられに追われリリカは走る。ここでやられては「撃たれてみたいギャル」の名折れだし、なにより愛しのカナデに会えなくなる。


「そんなのやなこった!」


 飛び込むようなローリングで銃弾を回避、そのまま流れるような動きでライフルの照準を定める。リリカの放った弾丸は的確にパイロットを貫き、制御を失ったヘリははるか地上へと落ちていった。

 だが、紅蓮座の作戦はそれだけでは終わらなかった。

 黒と紅の戦闘服、濡れたような美しい黒髪。ヘリが墜落する寸前、その中からカナデが飛び出していたのだ。


「カナデちゃ――」

「問答無用!」


 待ちに待った想い人、しかしリリカが話しかける間もなくカナデは刀を抜き襲い来る。

 紅刃の異名の通り真紅の刀身に斬れぬもの無し。瞬く間にリリカのライフルが輪切りとなって転がった。


「待ってよ、お話ししようよ!」


 すかさず拳銃を抜き数発ほど発砲する。もちろんこの程度の攻撃などカナデは簡単に切り払ってしまうだろう。あくまでこれは威嚇射撃、その隙にリリカは隣にある工事中のビルへと飛び移った。


「……うげっ」


 隣のビルへと移動したリリカであったが、そこで思わず変な声が出た。なんと逃走経路がすでに予測されており、紅蓮座の構成員が待ち構えていたのだ。

 この動き、明らかにリリカを標的にしている。どうもこの間失敗した狙撃、あれが紅蓮座のお偉いさんを怒らせてしまったようだ。


「もう! カナデちゃん以外はどーでもいいの!」


 たとえ狙撃でなくともリリカの腕は鈍らない。拳銃とサブマシンガン、それにグレネードがあれば何の問題もない。天才スナイパーにとってザコ構成員など物の数ではなかった。


「えらい元気がええどすなあ」


 しかし、ザコを倒すのに夢中になっているとカナデに追い付かれてしまうのは必然だろう。コツンと下駄の音が近付いて来る、気圧されるほどの殺気と共に。


「カナデちゃん、今日はなんだか怖いよ……」

「……うちはいつでも真剣どす」


 リリカは戸惑っていた、カナデにも、自分にも。新たに知り得たカナデの事、それを話したいのにどういうわけか言葉が出てこないでいる。


「カナデちゃん、あたし――」


 近接戦闘における力の差は歴然だった。反射的に構えた銃はことごとく切り刻まれ、追い詰められたリリカの首筋に真紅の刃が付きつけられる。

 絶体絶命の危機的状況。されどリリカの心は穏やかだった。


「……抵抗しいへんのかいな」

「いいよ、カナデちゃんなら」


 リリカのその言葉を受け、カナデの語気が強くなる。


「……っ! クソガキが、ほんならお望みどおりにしたるわ!」

「……」


 リリカは目を閉じる事もなく、ただ静かに、穏やかに佇んでいた。まるでカナデの刃を待ち望んでいるかのように。


「……なんでや」


 カナデの刃が震え、絞り出すような声が聞こえた。


「なんでよりにもよってあんたなんや! なんでうちの前に現れる⁉」


 今までのカナデからは想像できない、激しい感情の叫びだった。その目から涙さえ溢れていた。


「……ごめんねカナデちゃん、あたし見ちゃったんだ。カナデちゃんの過去の事」

「……!」


 ハッキングで得た情報によりリリカは知り得ていた、カナデの憎しみの根源を。

 

 カナデにはヒビキという少し年の離れた妹がいた。この街では珍しくもないが、早くに両親を亡くした二人は姉妹で支え合い、カナデが親代わりにヒビキの面倒を見ていた。

 この薄汚れた街で、ヒビキはカナデにとって唯一の宝物と言えた。妹のためならばたとえギャングの使い走りだって苦にはならなかった。

 そんなある日、ヒビキが体調を崩してしまう。カナデにとってヒビキは世界の全て、経済的な余裕など無かったが、心配したカナデは無理をしてヒビキを病院に入れた。

 ――だが、それがいけなかった。

 決して不治の病などではない、治る病気のはずだった。しかし、ヒビキがカナデの元に帰る事はなかった。

 そして、後から知り得た裏の情報。あの病院を経営するパナシア・ライフサイエンスが、患者を使い違法な生体実験を行っていた事を知った。親の無いヒビキのような子供は格好の実験材料だったのだろう。副作用もわからないような強い薬を複数投与され、ヒビキはその短い生涯を終えた。表向きはただの不運な病死として。

 それからのカナデは復讐に燃え、妹の仇を取る事が生きる目的になった。強さを手に入れるために紅蓮座の正式な構成員になる事も厭わなかった。

 全ては妹の命を奪ったパナシア社に報復するために。


「だから、パナシア社が抱えてるあたしたちシルバーリリィも憎んでたんだね」

「……何を……知ったふうな事を……」


 カナデは手に持った刀に力を込めようとするも、どうしても手が動かないでいる。

 と、その時。


「うがあああ!」


 倒したと思っていた紅蓮座の男、その一人が突如立ち上がり、リリカの真後ろからナイフを振り下ろす。


「⁉」


 予想外の事にリリカは反応しきれず回避が間に合わなかった。その細い首筋にナイフが突き立てられた……と思った瞬間、男の体がグラリと揺れ倒れ伏した。

 動かなくなった男に大きな刀傷が見て取れる。リリカが襲われた瞬間、男はカナデの目にも止まらぬ一撃により斬り捨てられていた。


「え……なんで⁉」


 その現実に動揺するリリカ。なぜなら、この行為はカナデにとって組織への裏切りに他ならない。ギャングに身を置く以上、あってはならない事だったからだ。


 畳み掛けるように銃声が響き、弾丸がカナデの肩をかすめた。カランと刀が床に落ちた。


「リリカ! 無事か⁉」


 リリカを呼ぶ声がする。シルバーリリィの仲間がここまで駆け付けたようだ。

 まだ残っているカナデに向け仲間たちの銃口が向けられた。


「待って!」


 それに対しリリカは大きく手を広げ、体を張って仲間たちを制止する。


「おい、何するんだ! あいつ逃げるぞ!」

「違うの! あの人は……!」


 振り返ったその先に、カナデの姿はすでに無かった。真紅に輝く刀を残して。


*****


 その後、シルバーリリィのアジトにて。この度の行動に関し、リリカはリーダーの部屋へと呼び出しを受けていた。


「リリカ、お前どういうつもりだ?」


 圧の強い声がリリカにのしかかる。

 リーダーのシルヴァは元軍人の屈強な女ボス。手下たちを妹と呼び、家族同然に扱っている人物だ。それだけに、裏切り行為は決して許さない恐ろしさも併せ持っている。

 彼女の率いるシルバーリリィは親の無い子供が寄り集まったのがきっかけの集団であり、リリカもまたその一人。いつも奔放で怖いもの知らずなリリカも、親同然な彼女に怒られている時ばかりは恐怖で身がすくむのであった。


「いや、その、えっと……」

「……ったく。大体の事はラジーから聞いてるよ。で、それがどういう事なのか、お前わかってやってんのか?」

「……しちゃったの」

「ん?」

「恋しちゃったの! 仕方ないじゃん!」

「はぁ……まったくお前ってやつは……」


 かすかに震えながらも引く様子の無いリリカにシルヴァはため息をつく。ただ、その表情はどこか笑っているようでもあった。


「ほれ」


 シルヴァが何かを投げてよこした。


「なにこれ?」

「ラジーと、私からの餞別だ。それをどう使うか、これからどうするかはお前次第だ」


*****


 一方、カナデは紅蓮座の保有する、とある施設の一室にいた。

 ただし、天井から鎖で吊るされた姿で。体のあちこちに痛々しい拷問の痕が見え、彼女がどのような状況にあるのかを表していた。

 苦悶の表情を浮かべるカナデの前には二人の部下を連れた身なりの良い壮年の男が立っている。彼女の上司にあたる男だ。カナデはこの男に仲間殺しの責を問われていた。


「カナデよぉ、お前さんどういうつもりや?」

「……」

「お前の刀は身内を斬るためにあんのかって聞いてんだよ!」


 男が平手でカナデの頬をはたく。カナデはただひたすらに耐えていた。


「申し開きはありまへん……全部うちの責任どす」

「フン……。まあええ、乱戦で手元が狂ったっちゅう事にしといたるわ」


 男はカナデの頬を乱暴に掴んだ。


「お前みたいな腕の立つ上玉はそうおらんからな、苦労した分はきっちり体で払ってもらうで」

「……」

「それにしばらくはお前の出番もない。その間ここでしっかり頭冷やしとけ」

「お……オジキ、それは、どういう……?」

「聞いとらんのか。ケツ持ちのハシトミ重工がパナシア社と業務提携する事になったんや。ウチの抗争もこれで手打ち、しばらくはのんびりできるっちゅうもんや」

「し、しかしそれでは……⁉」

「やかましわ!」


 男の拳がカナデの腹に食い込んだ。


「ぐっ……!」

「なにもこれが初めてやない、ウチかてパナシアと取引することもあるしな。ほな、せいぜいゆっくりしとけや」


 吊るされたままのカナデを残し、男たちは立ち去った。

 カナデの頭の中に様々な思いがよぎる。今まで戦い続けてきたのは何のためだったのか、紅蓮座と憎きパナシア社が和解した事でその意味が見出せなくなっていた。思わず笑ってしまいそうになるほどに。


「……はは、うちはホンマもんのドアホやな……」


 ひとりうなだれるカナデ。

 すると何やら大きな音が聞こえてきた。銃声のようだ。


「な、なんやオマエは⁉ ぐあっ!」


 銃声だけではない、先程出て行ったオジキの声も聞こえる。その後も数発の銃声が響き、まるでこの秘密の施設が襲撃を受けたかのような騒ぎだった。

 そして――


「やっほ、カナデちゃん」

「……は?」


 部屋の扉が開き、リリカがひょっこりと顔を出す。信じられない光景にカナデは驚き、目を丸くしたまましばらく硬直していた。


「な、なんであんたがここに……⁉」

「ごめんね~、この場所特定するのに時間かかっちゃった。生きててよかったよ~!」

「そうやなくて……」


 ドンと再びの銃声。リリカが手にした拳銃で鎖を撃ち抜きカナデを降ろす。


「さ、どうぞ。カナデちゃんはこれがないとカッコつかないよね」


 リリカはカナデが落としていった刀を差し出した。

 しかし、カナデは座り込んだまま横を向き受け取ろうとしない。


「カナデちゃん?」

「もう……ええんや。うちみたいな愚か者には、もうその刀を握る資格はあらへん」

「どうして? カナデちゃんはいつもキリッとしててとっても素敵だよ」

「ふふっ、ま、あんたのせいなんやけどね」

「え~、あたし~?」

「うちは愚か者や。敵対する組織のスナイパーであるあんたをどうしても斬れんかった大バカや。ただ妹に似とるっちゅうだけでな」


 そう、カナデの死んだ妹であるヒビキはリリカによく似ていた。

 今度はリリカの方が驚き目を丸くする。妹がいた事は知っていたリリカも、ヒビキの顔までは知らなかったのだ。


「あんたを初めて見た時、妹が……ヒビキが生き返ったんかと思ったわ。アホな話やろ? そんなわけあるはず無いのにな」

「そんな事……」

「もう知っとるやろうけど、ヒビキが死んだんはうちのせいでもある。金も無いのに無理して病院に入れて……その結果がアレや。せやから……あんたにいつもヒビキが重なって見えて……うちには、二度もヒビキを殺す事なんかできんかった、できんかったんや!」


 カナデの顔は大粒の涙に濡れていた。


「……さあ、これでわかったやろ。たとえ上の連中が手を組もうとも、ギャング同士はいつまた抗争になるかわからへん。あんたは敵や、もううちの前に現れんといて」

「あ~、それなんだけどさあ。あたしシルバーリリィ抜けてきたんだよね」

「は?」

「だから今はただの一般人! カナデちゃんとも敵対してないよ!」

「あんた……それがどういう意味かわかって言ってるんかいな」


 カナデの問いかけにリリカは大きく頷いた。


「言ったでしょ、恋しちゃったって。でも、カナデちゃんやヒビキちゃんの事とかいろいろ知って、あたしも自分がどれだけフワフワしてたのかって思ったよ。だから、これがあたしの本気!」

「はは……。ホンマ、お子様はやる事が大胆やね」

「それと……、知りたくなかったかもしれないけど、ヒビキちゃんの事には紅蓮座も――」

「言わんでええ。……そんな気はしとった。ただの使い走りやったうちにギャングの裏情報なんか教えて正規の構成員にするやなんて、話が出来過ぎてるわ」

「カナデちゃん……」


 カナデちゃんはどうするのとリリカが言いかけたその時、先程の男が部屋に入ってきた。


「ぐっ……、おいカナデ! そのガキぶち殺せや!」

「あれ、もう起きたんだ。タフ~」


 どうやらこの男、リリカにぶちのめされたが殴りようが甘かったらしい。

 カナデはスッと立ち上がり、リリカの差し出した刀を手に取った。


「オジキ、今までほんにお世話になりました」

「ああん?」

「ですが、これより先は仇とさせていただきます。追ってくるならば――」


 刹那、真紅の刃が光の如く輝いた。


「容赦しまへんので、あしからず」


 一瞬にして男の服、持ち物、頭髪が塵と消え、強烈な峰打ちにより男は白目をむいて膝から崩れ落ちた。


「わお、カナデちゃんかっこいい~!」

「やれやれ、やってもうたわ」

「そんなカナデちゃんにちょっとしたプレゼントだよ!」


 そう言うとリリカは端末を開き、空中に映像を表示させた。


「なんやこれ、ニュース?」


 映し出されたのはいつも街で流れているニュースだ。

 しかし、その内容はとんでもないものだった。


『本日、パナシア・ライフサイエンスの機密が漏洩するという事件がありました。リークされた内容によると、パナシア社は運営する病院を隠れ蓑に違法な生体実験を――』


「これは……⁉」

「へへっ、凄いでしょ? ついでにハシトミや紅蓮座との関係も洗っといたから、しばらくは大騒ぎになるよ~」

「あんたの本気、大したもんやね」

「それでさ、出かけるなら今の内だと思わない? とっておきのデートプランがあるんだ、だからあたしと今度こそデートしようよ!」


 カナデはふうっとため息をひとつついた。


「やれやれ、お子様にはかないまへんなあ」


 ――この日、大混乱に陥っているマカフシティから二人の元ギャングが姿を消した。


*****


 マカフシティの混乱からいくらかの時間が経過したある日の事。


「見て見てカナデちゃん! あれ地球じゃない?」

「なんや、小さすぎてようわからんわ」


 リリカとカナデは火星の大地から星空に浮かぶ地球を見上げていた。

 あの日、リリカが提案した「とっておきのデートプラン」とは、開拓船団に紛れ火星にまで逃れるというものだったのだ。


「……なあリリカ、あんたホンマにこれでよかったんか?」


 カナデがポツリとつぶやいた。


「どうして?」

「あんたかてチームのモンは家族みたいなものやろ? それを裏切って捨てるようなマネして、後悔はないんか?」

「あ~、……それね」


 リリカは少しばつが悪そうだ。


「実は、あの時のパナシアの情報も、この火星開拓船団のパスも、リーダーが用意してくれたものなんだよね」

「ウソやろ……ホンマに?」

「ホンマに。シルヴァが「子供を食い物にするような連中は私のお得意様じゃない」「私たちは元々無法者、どうとでもやっていくさ」って言ってくれたんだよ」

「へえ……、ええお人やね」

「へへっ、でしょ~?」

「どうりでデートにしては雰囲気ないと思たわ。砂と石ばっかりやないの」

「それはあたしのせいじゃないもん!」


 きっと、シルヴァは出来の悪い娘を嫁にでも出すような気持ちだったのだろう。ぴょこぴょこと落ち着きなく跳びはねるリリカを見ながらカナデはそう思った。


「やれやれ、うちらも火星開拓団の一員か。ま、ここでアホな妹の面倒を見るのも悪うないかもしれまへんな」

「あっ、言ったな!」


 リリカは火星の重力を活かし大きくジャンプ、カナデに抱き付いた。


「ふんだ、時間はたっぷりあるんだからね。絶対あたしに恋させてやるんだから!」

「お? ほなライバルはヒビキか? 手ごわいで~」

「望むところだね! ヒビキちゃんにだって負けないよ!」


 宇宙服越しに二人の笑い声が響いた。

 はるか遠い火星の地で、これからどうなっていくのかは誰にもわからない。ただ、リリカとカナデ、この時の二人は誰よりも本気で、そして自由だった。

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