並外れた重圧
"ラウッカ"の林。
ラヤラ草原からパルムを挟み、東部から西部に大きく広がる林だ。
中部には林が包むようにレピスト湖沼へと出るが、それを越えて北へ向かうと深い森林地帯となる資源豊かな一帯が続く。
しかし北側に厄介な盗賊団が居を構え、採取はもちろん調査すら行えない状況が続いている。
その西部に位置する"ある地点"に、憲兵14名と冒険者6名が集った。
加えて憲兵隊の大隊長ウルマス、中隊長ヴィレンが指揮官、副官として参加。
失敗の許されない非常に厄介で危険な任務に就いた精鋭たちは、作戦開始となる時刻まで各々自由に過ごす。
熟練の経験が顔だけでなく歩き方から溢れている強者たちが神経を尖らせる中、明らかに年齢の不釣り合いな若者がひとり、木に背中を預けて腕を組みながら瞳を閉じて立っていた。
新人冒険者にしか見えないその若者に、ちらちらと好奇の視線が集まる。
作戦概要から最重要と思われるポイントを一任された少年だ。
「……魔物寄せで行動を制限させてボスをあのポイントに誘き寄せるって話だけどよ、本当に任せて大丈夫なのか?」
「問題ない。
彼は必ず成功すると信じている」
5度目となる同じ内容の質問に答えるウルマスだが、本音を言えば彼以外には任せられないと判断してのことだった。
それほどまでに信頼を置く少年へ全員の意識が向くのも当然だ。
同時に、作戦を成功させ得る強さを持つのだろうかとも考えるが、どう判断しても"それはない"としか答えが出ない一同は、不安を拭い去れなかった。
本作戦の要となる場所へ少年を置くことに対して反発する者が出なかったのは、ひとえにパルムを守護する憲兵隊のトップとその次席が少年を強く推したからだ。
ありえない状況、失敗が許されない任務。
培われた経験から信頼される冒険者たちが不安を振り払うように気持ちを切り替える中、少年に歩み寄ったひとりの男性冒険者が話しかけた。
とても人の良さそうな優しい気配を持つ20代後半の男性だ。
少年に訊ねるその姿は後輩に対するよりも、どちらかといえば弟に近い扱いのようだと周囲の目には映った。
「大丈夫か?
気負ってないか?」
「……あぁ、問題ない。
俺の態度に思うところもあるだろうが、作戦に集中するために必要なことと割り切ってもらえると助かる」
瞳を閉じたまま、少年は答えた。
彼の口調から緊張感はないように思え、話しかけた男性のほうが驚いてしまう。
新人とはとても思えないほどの肝が据わった明確な受け答えに、"だからこそ任されたんだな"と彼は考えを改め、不安が残る気持ちが一気に晴れた。
まるで晴天のような澄み渡る声色と表情で、男性は続けて話した。
「分かった。
それじゃ、何かあれば伝えてほしい。
だが、君ひとりにすべての責任を押し付けることはしない。
僕たちは即席とはいえ、命を預けた"チーム"だ。
できることなら何でも協力するからな」
「……ありがとう」
「いいんだ。
それじゃ、僕は行くよ」
「……あぁ」
その場を離れた男性の顔色はとても晴れやかで、彼ならば任せられると思えた。
それはとても不思議な感覚だったと、男性はのちに仲間たちへ語っている。
本作戦は非常に厄介な状況に陥りやすい。
戦力を林の東側に集中させたことで捕縛対象に勘繰られるだろう。
それでも連中は網を張るこの場所を目指すしかない状況に追い込めると、パルム上層部は判断した。
問題は、これまで魔物を避けながら拠点を転々としていることだ。
地形を熟知した連中とは違い、こちらは地図上での判断をせざるを得ない。
ここに大きな差が出るが、それでも動かなければならない状況に加え、これまでその片鱗すら掴めずにいる盗賊団の頭目を捕縛することは困難を極める。
誰もその姿を捉えていない。
だが確実に存在するのも間違いない。
これが何よりも厄介だと、パルムの上層部は考える。
つまるところ、連中にはあるのだろう。
周囲の魔物を回避しつつ、沼地を安全に移動できる手段が。
同時に、それを見つけられなければ逃がす可能性が非常に高い。
頭目を取り巻く連中がたとえ盗賊団の精鋭だろうと、本作戦の目標は"頭"だ。
もしも取り逃せば、時間をじっくりとかけて盤石の態勢を整えた上でパルムに報復するだろう。
現在でも町中に潜伏されているほど厄介な案件を、これ以上の問題事にさせてはならない。
盗賊団を率いる頭の捕獲に成功できなければ、大損害どころではないほどの事態をパルムに招きかねないのだから、確実に捕まえる必要があった。
その最悪ともいえる可能性を、少年は考える。
これほどの大規模作戦に参加するだけでも新人冒険者には異例のことだが、それどころか盗賊団壊滅作戦の最重要ポイントに自身が抜擢された重大性に気付かないほど彼は幼くない。
重圧。
それも、並外れたプレッシャーが少年の体に重くのしかかる。
並の冒険者では動くことにすら制限をかけてしまうほど強烈なものを、大きめの木に背中を預けながら瞳を閉じる彼は全身で感じていた。
それを心配して声をかけた先輩冒険者の心根の優しさに感謝する少年だが、晴れやかな笑顔で離れた男性や、他の参加者はまったく気が付いていなかった。
少年が今、何をしているのかを。
割れるような激しい頭痛と世界が歪むほどの感覚を強く感じながら、少年は人知れずに戦いの準備を続けていた。




