いささか足りないと
驚愕の気配で溢れる中、ウルマスに訊ねたのはマルガレータだった。
「……ヴェルナ・ルオナヴァーラがチームに加入する、だと?
彼女は誰の下にも付かないソロ冒険者として有名だが、まさか別人か?
そうでもなければ、新人冒険者をリーダーに推薦するなど到底考えられない」
「ランクA冒険者のヴェルナ・ルオナヴァーラ本人で間違いありません。
彼をリーダーに推したと、私は彼女から直接聞いています」
「ヴェルナは人の下に付くのを何よりも嫌う自由な冒険者と聞く。
どうやらその少年は、とても不思議な魅力を持つようだの。
……しかし、魅力や単純な武力のみで参加させるわけにもいかぬ。
例の"連絡役"を捕縛した功績は計り知れぬほど大きいが、起用する理由としてはいささか足りないと言わざるを得ないとワシは思うのぅ」
ヒーレラがそう言葉にするのも無理からぬことだ。
失敗はできないのだから慎重に判断するべきだし、ましてやウルマスが信頼を置く人物は若すぎる年齢であることも間違いない。
そんな彼に本作戦の要を任せるには無理があると判断されるのが当然だ。
しかし、それを理由に一方的な拒否の意思を示す者はおらず、ウルマスが確信するに至った根拠を待った。
「これは未確認情報になりますが、彼の強さは登録したばかりの新人冒険者でありながら並のランクA冒険者を凌駕すると思われます。
そうでもなければ、追いつけぬほどの遠く離れた相手を無力化させられる技量など持ち得るはずがありません。
町中を逃亡する盗賊どもを捕縛した際も、圧倒的な体術で瞬時と言える刹那に制圧したとヴィレンから報告を受けていることもあり、彼の起用は本作戦の成功率を大幅に上げるほどの影響を与えると判断しました。
冷静で適切な判断力、剣を抜くことなく盗賊を捕縛する高い戦闘技術を持つ彼以上の適格者はパルムにいないと、私は確信します」
確かに、書面上での報告はマルガレータも受けたことを記憶している。
だが町中で盗賊の下っ端をふたり捕縛した程度で彼女の心は揺らぐはずもなく、あくまでも報告書の確認程度で済ませていた。
この場にいる誰もが思う疑問点。
"新人冒険者"であることに強い違和感にも似た引っかかりを覚える一同だが、ウルマスの説明に入っていなかった点から彼の素性について知るほどの深い付き合いはないのだろうと考える。
しばらくの沈黙を挟んだのち、マルガレータは静かに、だが明確な意思を含ませて言葉にした。
「……驚くべきことではあるが、そこまで言うのなら一度この目にしておきたい。
私も武芸者の端くれだ。
一瞥して判断できないようなら起用は避けるべきだと思うが?」
「異議はないの。
マルガレータの眼鏡に適わぬのなら、ワシも参加は見送るべきだと判断する」
町長ヒーレラの発言にウルマスとヴィレン以外の一同は頷き、会議を続けた。
レピスト湖沼の東側は憲兵隊と熟練冒険者を軸に、林業、商業ギルドのサポートによる共同戦線を張ることが決まり、指揮に長けた憲兵隊の小隊長アニタが任される運びとなる。
彼女の年齢を考えればこれも異例ではあるが、多くの憲兵がパルムを空けるわけにはいかないのだから、副隊長クラスの憲兵を町に残す必要があると判断された。
安全と推察する東側に、盗賊団の頭目が現われる可能性は限りなく低い。
また、作戦参加人数の大半をこちらに集中させ、盗賊団の壊滅も視野に入るほどの冒険者と憲兵の大規模編成を広範囲に配置することを可能とした。
弓に特化した熟練冒険者が魔物寄せを巧みに使うことで即席の"魔物防壁"を前方に組み、突破するのは困難を極めると思わせるように計らえば、こちらを狙おうと考えたりはしないはずだ。
もちろん裏をかいて押し通る可能性もゼロだとは言い切れないが、少なくともそんな危険を冒すような愚策を取る輩であれば早急に片が付いていた。
安全かつ確実な策を信条のように持つ敵が東側を通るとは考えにくいし、その場合の対処も考慮してある以上はこちらに来た時点で一斉摘発となるだろう。
南側は町に近く、見通しのとても良い草原が続くため隠れる場所もない。
さらには一度レピスト湖沼を大きく迂回しなければ草原に出られない。
それはつまり、魔物を呼び寄せる"ヴィレムス"の群生地を通ることになる。
突破されたとしても、冒険者で武装した馬車による追撃で勝敗は決するだろう。
頭の切れる輩が取る策とは思えない以上、南側はより安全だと言えた。
沼の北側は、深い森へと続く非常に危険で厄介な場所だ。
その中でも看過できないのは、"危険種"と呼ばれる魔物が3体いることにある。
ボア種最強と分類された"ブラストボア"の巨大種。
爆発するような瞬発力を見せ、持ち前の巨体と鋭牙で大木すらへし折る。
ベアの上位種で、獰猛かつ並外れた耐久力を持つ"デュラブルグリズリー"。
人型の怪物で非常に高い身体能力と大木を武器に襲い掛かる"グランドオグル"。
これらが文字通りの意味で三竦み状態を続けているが、下手に森の奥地へと足を踏み入れればその一角のブラストボアを動かすこととなり、他の2匹を触発させかねない事態を招く最悪の一手へ繋がると予測される。
1体ずつであれば討伐は可能でも、3体同時に戦うとなれば話は別だ。
逃走した盗賊どもが凶悪な魔物の対処などできるはずもなく斃されるが、こちらにも甚大な被害を与える結果となるのは間違いないだろう。
その可能性を限りなく減らす行動を心がける必要はあるが、敵も馬鹿ではない。
そんな危険な場所を通り抜けようとするような頭の足りない輩であれば、とうに決着がついていた点を考慮すれば、北側へ向かう可能性はありえないと言える。
つまり沼地の西側、濃霧が留まる傾向の強い場所を脱出路に使うと推察した。
当然これらの推察は実際に作戦を実行してみなければ分からないことだし、何が起こるか正確な予想は誰にもできない。
相手は知能の低い魔物ではなく、頭を働かせる狡猾な人間だからだ。
これほど厄介な相手はいない。
ぽつりと呟くマルガレータの言葉に、同調するため息しか出ない一同だった。




