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弱いやつを護るために

 アイナさんへ鞘ごと剣を預ける一条。

 やはりこいつは、そこいらを歩く馬鹿どもとは根本的に違う。

 町中で剣を抜き放つことの意味も理解してるし、その本質を捉えつつある。


 残念ながら、それだけでは不十分だ。

 "戦う術"を身につけなければならない。


 それも一条に求められるものは一般冒険者どころではないほどの技量だ。

 その領域へ到達できなければ話にもならないはずだと、俺には思えてならない。


 恐らく魔王と戦うのなら、並大抵の努力と精神力では足りない。

 この世界の誰もが倒せない存在なんだから、それ以上を求められるだろう。

 対峙した直後、常人には耐えられないほどの恐怖心が襲い掛かるかもしれない。


 そんな時、精神的な拠り所になるのが努力に裏付けされた"技術"だ。

 もちろん共に協力してくれる仲間の存在も大切だが、必ずと言っていいほど大きな影響を受けるのは自分自身で高め続けた技術に他ならないんだ。


 これは武芸者に限っての話ではない。

 スポーツ選手や、その道を究めようとする一流の者には必須といっていいほど重要なもので、極限状態でも限りなく普段通りの行動が取れるかどうかで決定的に違いが出てしまうほどの結果として現れる。


 "日々、研鑽を積み続けた時間は決して裏切らない"

 そんな言葉があるが、そういったことから来ているんだと俺は思っている。

 一条はその戸口にすら立っていないのが現状だ。


 おまけにスキルや魔法に頼った戦い方しか知らず、武器も力任せに振るだけ。

 そんなごり押しで勝てるほど甘い相手なら、とっくにこの世界から消えている。


 このままでは確実に一条は負けるだろう。

 それが分かったからこそ、俺はお前を倒す。

 ぐぅの音も出ないほどの圧倒的な技量の差で。


 そうしなければ、きっとお前には伝わらない。

 最低でも、自分よりも遥かに格上の相手がいることを知ってもらう。

 勇者でなければ魔王討伐が難しいのなら、これが俺にできる唯一の手助けかもしれないからな。


「重いのにワリぃな」

「いえ、大丈夫ですよ。

 お預かりします」

「おう!」


 こちらに振り向いた一条の表情は随分と気合が乗っているようだ。

 残念なことに、俺との力量差を理解してのものじゃなかったが。


 ……もう少し挑発しておくか。


「剣を使っていいぞ。

 町中じゃ難しいなら、外に行ってもいい」


 馬車が出発するまでの時間はまだあるからな。

 こいつをボコって説教をたれるだけなら問題ない。

 むしろそのほうが町民に迷惑を掛けずに済むんだが。


 そう思っていると、一条は感情を剝き出しで吼えた。


「アホなこと言ってんじゃねえ!!

 俺は"勇者"だ!!

 剣は魔王をぶった切ることと、弱いやつを護るためにあるんだよ!!」


 こちらを睨みつけながら答える一条の言葉に、俺は口角を上げた。

 そんなお前だからこそ、死んでほしくないんだよ。


「その信念は立派で、勇者としても申し分ない心構えだ。

 だが実力が伴わなければ意味がないことも、内心では理解してるだろ?」

「ぬかせ!

 その勝ち誇った涼しいツラ、凍り付かせてやんよ!!」


 気合は十分、だが技術と体が追い付かない。

 それがどれだけ危険なことなのか、この十数分で理解してくれるだろうか。


 幸い、周囲に町人はいない。

 誰にも見られる前に終わらせたいところだな。

 必要以上に目立てば色々と問題事になるだろうし、何よりも無能力者が"勇者"を倒したともなれば、問題程度では済まない事態に発展する可能性も考えられる。

 最悪の場合、あの豚王どもが国を動かしかねないからな……。


 気迫だけは一人前のつもりで対峙した男に向けて、俺は言葉を発した。


「来い。

 お前の未熟さを教えてやる」

「うっせえ!!

 言われなくても行ってやんよ!!!」


 仕掛けた挑発に引っかかる一条は、俺との距離を詰めた。


 中々の瞬発力だが、一般人より多少早い程度だな。

 武術経験がなくても、勇者としての筋力はこの世界でも別格ってことなのか。


 顔面を狙って右拳を突き出すが、やはり腕を伸ばしただけの拙いものだ。

 ぎりぎりで避けたように見せながら伸びきった腕をさらに後ろへ引き寄せ、下に力を受け流して軸足を払った。

 豪快に体を縦回転させた一条は、背中から地面に叩きつけられた。


「――がはッ!?」

「痛いだろ。

 "受け身"を取れていれば威力は軽減できていた。

 殴り方も力任せすぎて打撃とも呼べないほど拙い。

 あれじゃ避けてくださいと言っているようなもんだ」


 激しく呼吸が乱れる一条は驚愕の表情を浮かべるが、俺はこいつの力を利用しただけで、ほとんど何もしていないに等しい動きだ。


 こんな程度で驚かれちゃ、話にならないぞ。

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