今はそれでいい
どんなに馬鹿な言動をしても、周りの大人が窘める。
それがどれほどありがたいことなのかを知らないのは、どうかと思えた。
ふたりもこの短い期間で身に染みたのかもしれない。
いや、もしかしたら初めての戦闘で悟ったのか。
危機感を募らせる表情と声色で言葉にした。
「カナタはもう少し精神面を鍛えたほうがいいと思います。
敵を見つけると突進するように単独行動を取るのはやめてほしいです。
このままだと、カナタ以上の強敵と対峙した瞬間に負けが確定しますから」
それも一条の性格から想像していたが、実際にそうされたら色々と問題だ。
世界中の人々よりも強いからといって油断すれば、命に直結しかねない。
いくら最強になれるとしても現時点ではまだ潜在的な話になるからな。
必要以上に危険な行動を取り続ければ、最悪の事態になりかねない。
「……見ているこっちが冷や冷やする行動を取るの、やめてほしい」
「本格的に修練を積んでほしいと私たちは思っているのですが、"勇者は実戦経験を積むことで強くなるんだよ"だなんて、よくわからない理由で断られているんです」
……まずいな。
これじゃ、強引に城から連れ出したほうが良かったかもしれないと思えてきた。
多少実戦経験を積めば命の危機を感じて、足りないものを補うように自然と鍛えるだろうと思っていたが、どうやら俺の読みは完全に外れたみたいだ。
同時にこいつは、仲間を連れ歩く意味を理解していない。
もし自分が負ければ、大切な人たちまで傷つくことを。
そしてそれは、その程度で済む話ではない。
それを知らずに歩き続ければ、いずれは最悪の結果を導くだろう。
そうなれば失意の底に突き落とされ、他者の命を思いやれなくなるような"感情のない冷血漢"になってしまうことも十分に考えられた。
一条にはそうなってほしくない。
こいつとはただの"同郷の者"って繋がりしかないが、そんな末路を辿らせれば予想してそのまま放置した俺はもっと罪深くなる。
なら、たとえ嫌われたとしても、こいつに教えなければならない。
それが武芸の道を歩み、人に教えることを許された者としての責務だ。
「……一条、俺と戦え」
「あ?
お前、なに言ってんだ?」
一条は俺の提案に首を傾げた。
そういうだろうなと思っていた言葉を発して。
こいつは言葉遣いや考え方こそ悪いが、そこいらの馬鹿どもとは違う。
これまでの行動にも悪意は微塵も感じなかったし、今後もないと俺は信じてる。
良くも悪くも、こいつは馬鹿だ。
だが、俺にないものを一条はたくさん持ってる。
だからこそ、ふたりはお前の傍にいてくれるんだよ。
それにすら気付かずにいるのは、とても良くない。
……とても、良くないんだ。
「負けるのが怖いなら戦わなくていい。
だが、お前に彼女たちを護ろうって気概があるのなら、俺に挑んで来い」
こう言えば、こいつは引き下がれなくなる。
タメとしてではなく上からの言い方に反感を持つからな。
だから続く言葉と行動も、俺には手に取るようにわかった。
「……俺は"勇者"だぞ。
無能扱いされたお前が勝てるわけねぇだろうが……」
「なら証明してみろよ、"勇者サマ"。
その安っぽい自尊心ごと叩き潰してやる」
即答して挑発を続け、こちらに敵意を向けさせる。
自分に足りないものを少しでも見つけてもらうために。
せめて彼女たちの善意に、ほんの少しでも気付けるように。
ひりつくような怒りの感情を、一条から強く感じる。
俺が放った言葉は"強者"じゃなければ伝わらない。
だから今はそれでいい。
こうして対峙することにこそ意味がある。
それをふたりの女性は痛いほど理解している。
彼女たちは研鑽の日々を同じように過ごしていたのは間違いない。
そういった努力を深く理解してふたりを敬えとは言わないが、少なくとも"勇者だから鍛えなくてもいい"なんて馬鹿なへ理屈は言葉にしちゃいけないんだよ。
そいつは彼女たちの努力をないがしろにする行為だし、何よりもそんな考えで魔物や盗賊と戦えばどうなるのか、深く考えなくても理解できる世界にふたりは生き続けている先輩なんだぞ。
俺たちとは違う"命がけの日々"を過してることに、お前は気付くべきなんだ。




