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ありがとう

 どう言葉にしていいのか分からず、俺たちは黙ってしまう。

 長い時間を共にし、旅をしながら苦楽を分かち合った信頼しあえる仲間なんだから、そう感じるのも当然だ。


 ……それでも、言葉に詰まる。

 さっきまで、いつもと同じように会話できてたはずなのにな……。


 そんな俺たちを、どこか嬉しそうな笑顔で見つめる4人だった。


「まぁ、言いたいことも聞きたいことも、まだまだ足らねぇけどよ。

 それでもアタシらは、そろそろ行くよ」

「……ん。

 でも、大丈夫。

 向こうでも楽しいことばかりだから、心配しないで」

「……だよ、それ……。

 ……んなの……わかんねぇだろ……」


 これまで聞いたこともないほど弱々しく声を強く震わせる一条に、アイナさんとレイラは寄り添うように近づき、とても優しく抱きしめた。


「ありがとう。

 カナタとの旅は、本当に楽しかったです」

「……闇に閉ざされかけたあたしたちの心に、カナタは世界が鮮やかに輝いてたことに気付かせてくれた。

 お嫁さんにはなってあげられないけど、カナタにはあたしたちよりもずっと素敵なひとが見つかるから。

 泣かないで、笑顔のままお別れできる?」


 小さな孫をあやす祖母のように、レイラはとても優しく一条の頭をなでた。


「……結局、別れる時まで扱いは変わらないのかよ……」

「……ごめんね、カナタ……。

 あたしたちはね、過ごした時間が長すぎたの」

「きっと私たちは、生涯誰とも添い遂げることはないでしょう。

 でも、それでいいと私たちは思っています。

 これから先、世界が安寧へと向かう姿を見続けながら静かに暮らそうと、レイラとふたりで決めたんです」


 やはり、ふたりも王国から離れるんだな。

 彼女たちの過ごした歳月も、俺たちには想像することすら難しい。


 人の一生は、それに比べれば長くても半分以下だ。

 もしかしたら、さらにその半ばで倒れるかもしれない。

 心も体も、俺たちとは根本的に変化した存在とも言えるのか。


 そう考えると、アイナさんやレイラを含む200年もの時間を過ごしてきた人たちがまるで達観したように思えたのも、当たり前のことだったんだな。


「あなたと出会えたこと、何よりも世界を救うための旅に同行できたことを、心から誇りに思います。

 そして、あなた自身の成長にも……」

「……ほら、そんな悲しい顔、しないで?

 カナタの笑顔を見ながらお別れしたいから」

「……そんなん、無理だろ……。

 もう二度と、逢えねぇんだぞ……」


 ぼろぼろと涙を流す一条。

 それでも、自分なりの答えで帰ることを決意した。

 だからこそ避けようのない別れに、胸が張り裂けそうなんだろう。


 ……それは、俺も変わらない、か。

 視線をサウルさんたちへ戻すとふたりは楽しそうな笑顔のままで、その姿に俺は呆気に取られた。


「あっちは重苦しい空気になってるけどよ。

 アタシらは笑いながら別れようぜ!」

「……変わらないな、ヴェルナさんは」

「アタシはアタシだからな!」


 自然と苦笑いが出た。


 本当に彼女らしい。

 あまりに"らしさ"が溢れていて、美味く表現できなかった。


 豪快に笑うヴェルナさんの横に立つサウルさんは、そんな彼女の姿に苦笑いをしていた。

 サウルさんの視線に気づいた彼女は、一息つきながら静かに話した。


「……ほんと言うとよ、やめたんだ、そういうの。

 今生の別れになるんなら、笑顔で別れた姿を見せたいだろ?

 そうすれば、アタシを思い出した時は笑顔のままだと思えたんだ。

 たとえ逢えなくなっても、ハルトの中のアタシは笑顔で居続けられるんなら、それは悪くないことだろうからな」

「……ヴェルナさん……」


 いったい、どれだけ考え抜いて出した答えなんだろうか。

 それはきっと魔王を討伐した後からじゃないと思えた。

 ずっとずっと前から……いや、リヒテンベルグを覆っていた闇の壁を見た直後から考え続けてきたことなのかもしれない。


 そう思えるほど、彼女の言葉にはとても強い覚悟を感じた。


「ま、俺たちは湿っぽいのが嫌いだからな。

 涙を流しながら話をするよりも、平常心から出た言葉のほうが重みも出る。

 それを踏まえた上で、俺は心からの礼をお前に言いたい。

 ……ありがとうな、ハルト。

 お前がいてくれなければ、こんな気持ちには絶対ならなかった。

 ハルトとの旅は、これまでの冒険者人生の中でも最高に楽しかったよ」


 どこか寂しさを隠し切れない笑顔で、サウルさんは言葉にした。


 ……そうだな。

 そうだよな。


 これで最後になるんだ。

 なら、笑顔でしっかりと別れよう。

 そうしなければ、俺はきっと後悔する。

 それを今、ようやく確信できた。


「俺もだよ、サウルさん。

 それにいっぱい世話になったし、いっぱい助けてもらえた。

 もし後輩ができたら、その時はサウルさんがしてくれたように道を説くよ」

「よ、よせよ、そんなの!

 俺ぁ説くようなことは、なんも言ってねぇぞ!」

「いや、言ってたな、サウルは。

 つーかアタシにも説教しただろうが。

 それに、元々お前は指導者に向くんだよ。

 いっそ御者辞めて、ギルド専属の指導員として若手育成に尽力すればいいと、アタシは随分前から本気で思ってたぞ」


 確かにサウルさんなら、指導者としても立派に務めを果たすだろうな。

 その姿をはっきりと想像できるし、後輩から慕われる様子も見える。

 天職になるんじゃないかとさえ俺には思えてならなかった。


 そんな話を聞いた彼は視線を俺たちから外し、とても言い難そうに答えた。


「……誘われてたんだよ、ハールスのギルドから。

 本当ならギルドとも関わらずに、酒の飲める飯屋を開こうと思ってたんだよ。

 なんだかんだ引き止められて、妥協案でギルド専属の御者になったんだ。

 まぁ旅も好きだし、馬の扱いも嫌いじゃないから楽しかったけどな」

「そうだったのか。

 ……いや、それも当然かもしれない。

 サウルさんの作る料理はどれも美味いから、俺なら足しげく通うだろうな」

「ハルトはいっつも美味そうに食ってたな。

 アタシもサウルのメシは相当美味いと思うけどさ。

 なんて言うか……なに食ってたんだって思うことが時々あったんだよな」

「……そういえば、話したことはなかったか」


 ふたりに父のことを話した。

 その絶望的なまでの料理技術は、他を圧倒することも付け加えて。


「……あー、そういうことか……。

 ……なんで"師匠"ってのは、武芸に秀でてるだけ(・・・・・・・・・)なんだろうな……」

「……それについては俺も知りたいよ……」


 虚ろな瞳で空を見上げるヴェルナさんと同じように、俺は遠い目をした。

 そんな俺も大した技術はないから、見るに堪えなかった佳菜が朝食と夕食を作りに来てくれてたくらいだ。



 ひと呼吸置いたサウルさんは気合を入れ直し、覇気のある瞳で言葉にした。


「じゃあな、ハルト。

 お前と出逢ったことを今後の糧にして、俺は俺の信じた道をこれからもずっと進み続けるぜ」

「アタシは昔も今もあるがまま!

 自由であり続けるだけだ!

 それはこれからだってなんも変わらねぇ!

 また楽しくイノシシを追っかけるぜ!」

「ありがとう、サウルさん、ヴェルナさん。

 ふたりがいてくれたから、旅が心から楽しいと感じた。

 いくら感謝してもしきれないし、これから先も出会うことのない最高の仲間だと確信してるよ」


 その言葉に、一瞬だけ寂しさを感じさせる表情を見せたヴェルナさん。

 しかしすぐに元の元気な姿へ戻り、満面の笑みで答えた。


「ありがとな!」


 短く、けれども確かに様々な想いを感じさせる、とても複雑な言葉を発した彼女は、次第にその姿を虚ろなものへと変化させ、光の粒子となって消える瞬間まで笑顔を絶やすことはなかった。

 サウルさんは姿が見えなくなる瞬間、右手で軽く親指を立てた。


 なんとも"らしさ"を強く感じさせる姿に、寂しさが我慢しきれず表情に出た。

 もう二度と会えないふたりに、俺は小さく言葉にした。


「……ありがとう……本当に……」


 伝わらないだろうと思えた想いが、穏やかな風が優しく体に触れる管理世界に小さく響いた。

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