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悔いの残らない人生を

「……では、わたくしたちもお暇しましょうか」

「そうですね」


 クリスティーネさんに頷いたレフティさんは、こちらへと視線を向けた。


「ハルトさん、カナタ。

 世界を救っていただき、本当にありがとうございました」

「……悲願達成の一助となれたことは、わたくしたちの誇りです」


 微笑みながら言葉にしたふたりに、俺のほうこそだと思った。

 彼女たちがいてくれなければどうなっていたか、考えるのも恐ろしい。

 きっと、こうして笑顔で話をすることすらできなかったんじゃないだろうかと、俺には思えてならなかい。


「レフティさん、クリスティーネさん。

 おふたりのご助力がなければ、戦いはもっと苛烈になっていました。

 お力添えに心からの感謝を、そのひと欠片でも伝われば嬉しく思います」

「……かてぇこと言ってんな、鳴宮は……。

 レフティとばあちゃんは、あっちに行ったらどうすんだ?

 もう騎士団と魔術師団は退団するって話だったろ?」


 確かにそうだったな。

 思えば相当思い切ったことをしたもんだと、いまさらながらに思った。

 でも、彼女たちの技術と知識があれば、様々な分野で活躍できそうだろうから、俺が心配するようなことじゃないか。


 案の定、ふたりはそれぞれの道を進むようだ。


「……わたくしは静かな村で暮らすつもりです。

 薬剤知識もありますし、薬屋を細々としながらのんびりと過ごします」

「私は、ひとりで世界中を気ままに周ってみようかと。

 この国ではかなり顔が知れてますので、まずは他国で人の少ない町に行こうと思います」

「そっか。

 ばあちゃんのしようとしてることは分からなくもねぇけどさ、レフティはどこに行ってもすぐにバレると思うから、落ち着いて世界を歩けないんじゃないか?」

「そうなったらまた場所を変えますよ。

 世界は人ひとりには余るほど、とても広いですから」


 とても楽しそうな彼女の表情から察すると、昔からその道に憧れを抱いてたのかもしれない。

 それこそ、世界破滅を阻止するための戦いに身を投じたんだから、束縛されるような職からは離れたいと感じてたんだな。


 そもそも彼女は、王女様を失った瞬間から騎士であることに疑問を持ったと話したくらいだからな。

 別の道を深く考えても魔王がいたこともあって、それどころじゃなかったんだ。


 それに、200年も王国や人々に尽くしたんだ。

 自分自身が望んだ生き方に進もうと、誰にも咎められる言われはない。

 生涯王国に剣を捧げるといった騎士の誓いも、人ひとりの人生に置き換えれば長くても50年ほどだろう。


 そう考えると、彼女たちが尽くしてきた歳月は、本当に途方もない時間だ。


 思えば騎士団とは、国と国民を護るために王国に留まらざるを得ない。

 ひとりで世界を自由に歩くとなれば、裏付けされた足の軽さがある。

 自由気ままに世界中を旅をするのも悪くないと、俺も思った。


 ……日本に帰って少し落ち着いたら、旅行なんていいかもしれない。

 静かな場所でしばらく暮らすのも悪くないが、先に高校を卒業しないとな。


「ではハルトさん、カナタ。

 どうか、悔いの残らない人生を謳歌してください」

「……ハルトさんなら、これから先も大丈夫でしょう。

 あなたの感じたままに行動し続けてください。

 カナタは……あまり女性ばかり追いかけてはダメですよ?」

「……俺……信用ねぇのな……」


 彼女たちは美しい笑顔のまま、空へと還った。

 へこむ一条を一瞥した俺は、空を見上げながら彼女たちに深く感謝をした。


 もしも違った形で出会っていれば、どうなっていたのか分からない。

 きっと魔王を斃すことすら叶わなかったんじゃないだろうか。


 決戦の時もそうだ。

 彼女たちが敵を分断するように押さえてくれたから、俺は安心して戦えた。

 一条も同じ気持ちだと思う。


「では、我々も行くとするか」

「そうじゃの」

「じいちゃんたちも……行っちまうんだな……」

「まぁの。

 とはいえ、老い先短い人生が想定以上に長生きした上に、そのさらに先の人生まで約束されとるときた。

 もちろん若返ったりもしないが、"人としての人生を全うできること"に心から嬉しく思うのぅ」


 とても優しい声色と柔らかな表情で、ハンネスさんは答えた。

 同時に、その言葉が持つ意味を俺は深く考えさせられる。


 自ら望んだ結果ではなかったからな。

 それがここにきて、すべてが好転した。


 これ以上に喜ばしいことがあるだろうかと彼は続けて話し、アリアレルア様に向き直ったハンネスさんは、深々と頭を下げながら言葉にした。


「女神様のお慈悲に甘えさせていただきます」

「どうか、お気になさらないでください。

 私は、あるべき姿に戻すだけなのですから」

「それでも、感謝を言葉にしなければ気が済まないのです」


 同じように首を垂れながら、アウリスさんは丁寧に言葉を綴った。

 ふたりの姿に苦笑いを浮かべた女神様は複雑な表情へと変えた。


 ……信仰される未来でも視えたんだろうか。

 元々ふたりは、神の存在に否定的だったからな。

 疑っても仕方ない状況の中、膨大な年月を過ごしたんだ。

 そう考えてしまうのも当たり前かもしれない。


「ハルト様、カナタ様。

 世界を救っていただけたことに深い感謝と、待ち焦がれるほどに臨んだ未来へ導いてくださる女神様方に、心からの感謝を捧げます」


 膝をつき、最上の敬礼をしながら言葉にしたユーリアさんに、なんともらしさを感じた。


「真面目だよなぁ、ユーリアは。

 そういったことは、もう望んでねぇんだけどな」


 言葉にしながらも、どこか嬉しそうに一条は答えた。

 勇者として人々に深く感謝されたいと思っていたのは、この世界に来てしばらく経つまでだ。


 そういった、自覚とも思える精神に成長できたことは嬉しく思うが、年齢相応にはとても見えないのはどうなんだろうな……。


「ハルト様とは、印象が最悪にも映ったかもしれない出会い方でしたね。

 ティーケリ素材の素材証明書を提出された日のことを、今でも鮮明に憶えています」


 懐かしいな。

 そう思えるほど、遠い昔に思えた。

 それだけ濃密な時間をこの世界で過ごしたんだろうな。


「おふたりは変わらずにギルド職員を続けるんですか?」

「はい。

 少しでもアウリス様のお力になろうと思っています」

「私も同じですね。

 ハンネス様はハールスになくてはならない方ですから。

 それに私が付いてないと、誰よりも遅くまで仕事を続けてしまうので、心配なのですよ……」

「ホッホ。

 それはすまなんだな。

 だが今後は、その機会も減るじゃろう。

 ワシらもそろそろギルドから離れようかの?」


 ちらりとアウリスさんへ視線を向けながら話した。

 そんな彼は、頷きながら答えた。


「そうだな。

 いい頃合いかもしれない。

 後任も決めてあるし、あとはユーリアが受け入れてくれるかだが」

「わ、私ですか!?

 もっと適任者がいるはずですが……」

「それに関しては、じっくりと時間をかけて決めればいい。

 だが、ユーリア以上の逸材など、トルサにはいないだろうな。

 ……さて、そろそろ行くとするか」

「うむ、そうじゃの。

 ハルト殿もカナタ殿も、達者での」

「おうよ!

 じいちゃんたちも息災に暮らせよ!」

「どうか、みなさんもお元気で」


 光になって空へと消えゆく彼らを、俺たちは見つめる。

 本当にいい人たちに出逢えたと、本心から思った。

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