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走るぞ

 ゆっくりと降りてくる白銀の光。

 手のひらに乗せると、わずかに輝いて消えた。


 温かい。

 まるで慈愛の心に触れたような気がした。


 ……慈愛の心?

 いったい誰の心なんだ?

 そう感じるだけで、実際には違うのか?


 よく分からない光だが、不思議と心が落ち着いた。

 しばらく白銀の光を眺めていると、次第に揺れも収まりつつあるようだ。


 世界が崩壊する前兆で揺れが収まるとも思えない。

 アリアレルア様からのメッセージが届かないことから察すると、まだ世界は危険な状態で、安定させるために力を揮っているのか。


 ……いや、違う。

 この揺れは、別世界の女神様が地上に顕現した影響だろう。

 5分以内に魔王を斃してほしいと言っていたことからも分かるように、それだけの時間で世界は崩壊していたはずだった。


 体感のみで正確には分からないが、もう5分はとっくに過ぎたはず。

 にも拘らず揺れが収まりつつあるのは、どういった意味を持つんだろうか。


 しかし、それから1分も経たずに、大きな変化を感じた。


「……揺れ、収まったな……」

「……あぁ」

「……世界、なくならずに済んだのかな?」

「……どうなんだろうな」


 警戒を続けるも、周囲に影響は出ていないように思えた。


 ……魔王の気配も感じない。

 そちらは完全に消滅できたようだ。


 だが、晴れやかな気持ちにはなれない。

 周囲の気配を探ってみるが、何も感じなかった。

 闇の魔力にあてられて、少し悪影響が出ているんだろうか。


「……静かだな」

「……そうだな」

「……なぁ。

 外、出てみようぜ」


 一条の提案に頷いた俺は、謁見室を後にした。


 ……あまりにも静か過ぎる。

 こんなに気配を感じないなんて、どうなってるんだ……。

 俺の感覚器官がおかしくなったんじゃないかと思えてならない。


 吹き飛ばした巨大な扉を横目に回廊を真っすぐ歩き、ヴァルトさんとヴェルナさんのふたりと別れた部屋まで戻ってきた。


 しかし、そこにふたりの姿はなかった。


「……ふたりだけじゃなく、戦ってた連中もいないのか」

「場所を移動したのか?

 それとも……いや、なんでもねぇ」


 言おうとしていたことは痛いほど分かる。

 だが、その言葉を出したくないと判断した一条に俺は感謝した。

 まだどうなってるのかも分からないんだから、もっと調べるべきだ。


「……行こう、一条」

「あ、あぁ……」


 心ここにあらず、か。

 魔王戦で極限まで神経が高ぶっていた直後に世界崩壊の危機で、精神に負荷がかかってる。

 おまけに仲間がいなくなってるんじゃ、弱気になるのも仕方がない。

 俺だって同じ気持ちのつもりだよ。


 ……でも。


「この目で外が見たい。

 走るぞ、一条!」

「お、おう!」


 回廊を一気に駆け抜け、来た道を戻る。

 中央階段の手すりから下階に飛び降りた。


「やっぱいねぇぞ!」

「ここは狭くて戦いには不向きだ!

 もっと広い場所へ移ったのかもしれない!」


 4階から3階、そして2階へと向かう。

 城内に付けられた無数の痕跡が激闘を物語る。

 しかし、誰ひとりとして出会うことはなかった。


 強引な手段で入った窓ガラスが通路に散乱している。

 確かに俺たちはここから入って、謁見室を目指したはずだった。


「……なんだよ、これ……。

 まるで別の世界に迷い込んだみたいじゃねぇか……」

「外にもいない。

 ……町に行ってみよう」

「……」


 一条は言葉を返す気力もなくなってるのか。

 あれだけの激戦を戦い抜いたんだから当然だと思う。

 それでも俺は、この場に留まることだけはしたくなかった。


 ……確かめたい。

 もしも、本当にそうだとしても(・・・・・・・)、確かな証拠が出て来なければ判断したくないと強く思った。


 気が急いて、一条と距離が離れそうになる。

 速度を緩めながら、本来の入り口となる城門を越えた。


 処理しきれない情報が頭の中に入り込む。

 その可能性が強まったとしても、俺は信じたくなかった。


 そして王都ラウティオラ中央に造られた噴水広場を目にした俺は、足を止めた。

 瞳をつぶり、白銀の光が静かに降り続ける空へ顔を向けながら、すべての疲労を吐き出すように深く深くため息をついた。


「……鳴宮……」

「……分かってる」


 泣きそうな声色を背中越しに感じた。


 先ほどまで普通に生活していたことを確信する、人々の痕跡が残されてた。

 それでも人の姿はなく、動物の気配すら感じなかった。

 これはもう、決定的なのかもしれない……。


「……いなくなってしまったんだな……みんな……」


 女神様は言っていた。

 魔王討伐後、早急に魂を救済しなければならない、と。


 分かってた。

 分かってたけど、それでも思わずにはいられない。


「……感謝の言葉のひとつくらい、言いたかったな……」

「……鳴宮……」


 人の気配が完全に消え去り、それでも涼しげに水を出し続ける噴水は、これまで見てきたものの中でも段違いの寂しさを確かに感じさせた。

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