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なぜここにいる

 進行方向を遮るように兵を広げられた。

 これじゃ強引に切り開かなければ先に進めない。


 背後からは多数の兵士と思われる連中が大量にこちらへ向かってる。

 この場に留まり過ぎれば、更なる面倒事に巻き込まれかねないぞ。


 眼前に並ぶ男たちに視線を向ける。

 他の騎士は知らないが、ヴァルトさんを先輩と呼ぶ男には見覚えがあった。

 あの時、俺を獣のようにあしらった若手騎士だな。

 独特の口調からも間違いないだろう。


 しかし、その表情は強張っているように見えた。

 やはり目的は俺たちではなく、彼のほうだったか。


 思えば記憶がなくなってるはずだから、俺のことも忘れてるはずだ。

 恐らく彼の中では初対面ってことになってるんだろうな。


「……お前、なぜここにいる」

「そんなの決まってるじゃないっすか。

 先輩が怪しい動きをしてたから王国に睨まれてたんす。

 そんで今日、僕だけに特別任務があるって呼ばれたんで行ってみたら、先輩が王国をひっくり返そうとしてるから捕縛して連れてこい、なんて言われたんすよ」


 誰が呼んだ、なんてのは分かりきってる。

 問題は彼を押さえ込んだところで事態が大きく変化するわけじゃない。

 すべては指示をした輩の暇潰しくらいの茶番でしかないんだろう。

 それを知らないヴァルトさんは疑問符が頭から離れないようだ。


 戸惑いの気配を感じさせながら、彼は訊ねた。


「……こいつらは誰だ?

 俺も知らない連中だぞ」

「彼らは僕の部下(・・・・)っすよ、先輩。

 兵士の中から選りすぐりの精鋭をつけてもらったっす」

「お前の部下だと?

 何を言って……」

「だから、先輩は近衛騎士団から除名処分されたんす。

 それどころか、今や内乱罪の容疑で王国から指名手配中っすよ」

「……なるほどな。

 中々粋な計らいをしてくれるじゃないか、魔王は。

 お前に部下を与えて俺を捕らえさせようとするなんて、さすがに想定外だ」

「……魔王?

 なに言ってんすか、先輩。

 とうとう頭のネジが飛んだんすか?」


 怪訝そうな表情で首を傾げる若手騎士だが、ヴァルトさんは言葉を続ける。


 言いたいこと、伝えたいことも多いはずだ。

 それでも彼を説き伏せるのは時間的にも難しい。

 だから彼も強気な姿勢を見せるしかなかったんだな。


「そこをどけ。

 俺たちにはやらなきゃならないことがある。

 お前らと遊んでる時間も惜しいくらいなんだ」

「ラウヴォラを敵に回すことがそんなに大切なんすか?

 ……そこにいるのはアイナさんとレイラさんっすよね?

 現役の(・・・)副団長と次席が先輩と一緒ってことは、共犯者っすか?」

「違う、と言っても理解できないだろうな、お前には……」


 小さくため息をつくヴァルトさんは、寂しそうに答えた。


 彼は一拍置き、心を落ち着かせて話した。

 ヴァルトさんにとって、大切な仲間だったんだな。


「……なぁ、フェリクス。

 俺はこの200年、お前らといられて楽しかったよ。

 任された仕事なんてまったくないに等しい訓練ばかりの日々だったし、お前はたったの3か月で記憶が戻っちまってるけどな。

 それでもお前の柔軟な思考に救われたことも多かったんだ。

 ……けどな、もういい加減この生活も終わりにしなきゃいけないんだ。

 こんなことをお前に言ったところで理解できるはずもないんだが……それでも、もう一度だけ言うぞ」


 先ほどとは打って変わって、重く低い声色で彼は言葉にした。

 それはまるで敵に対して威圧するかのような強烈なものだった。


「――そこをどけ。

 そんな程度の実力者をかき集めても、俺ひとりすら止められないぞ。

 お前が200年間新婚で居続けてる間、俺は鍛錬に鍛錬を重ねた。

 それでも俺を捕まえようってんなら、十倍は騎士を連れて来い」


 彼の威圧的な態度は、これまで見たこともなかったんだろう。

 半歩後ろに足を下がらせながら、驚愕の表情を浮かべた。


 だが残念ながら、それだけだったようだ。

 彼の優しさが無意識で威圧を押さえ付けたのかもしれない。


「……半信半疑だったけど、どうやら本当だったみたいっすね、先輩……」

「いい加減、俺を先輩と呼ぶな。

 俺が副隊長に拝命されたのは210年以上も前のことだ。

 一度くらいは副隊長と呼んでもらいたかったが……残念だ」

「残念なのはこっちっすよ。

 先輩……いえ、ヴァルト・ストランド。

 その一味を含め、この場にいる全員を内乱罪の容疑で捕える。

 無駄な抵抗をせずに全面降伏せよ!」

「……言うようになったじゃないか、若造が」


 ギロリと睨みつけるヴァルトさんに後輩はたじろいだ。

 だが背後から迫る兵士たちが目と鼻の先まで来てる。

 このままでは挟撃で混戦状態になりかねないぞ。


 金属の足具を身に着けた兵士の足音がこちらへと迫る。


 こちらを視界に捉えたようだ。

 こちらへと急速に距離を詰められた。


「お、おい、どうすんだよ鳴宮!」

「いま考えてる」

「なに悠長なこと言ってんだ!

 この場から離れるのが最優先じゃねぇのか!?」


 一条の提案はもっともだ。

 だが、このまま離れたところで手配されてるなら、それはつまるところ王都の店を利用できないだけじゃ済まない。

 住民からも通報されるようになったとみていいだろうな。


 となると、この場を切り抜けても大っぴらに歩けなくなった。

 こうなってはもう、取れる手段も極端に限られてくる。


「……悪いな、ハルト。

 俺のせいで迷惑をかける」

「気にしなくていい。

 遅いか早いかの違いだ」

「なら、強行突破するか?

 アタシならいつでも歓迎(・・)だぞ」

「……穏やかではありませんね」


 透き通るような大人の女性の声が耳に届いた。

 ……まさか、こんなところで出遭うことになるとはな。


 どうやら彼女は気配を押さえるのが得意らしい。

 こうして眼前にまでいても、それほどの気配を感じなかった。

 それでも、その立ち振る舞いからは歴戦の勇士であることは間違いない。


「久しぶりねアイナ、それにレイラも」

「……レフティ様」


 優しい眼差しで彼女たちを見つめる女性騎士。

 歴代最強と言われる、王国騎士団の団長か。


「レフティ様、お手数ですが協力をお願いできますか?

 内乱罪の容疑でヴァルトとここにいる全員を捕縛します」

「えぇ、知っていますよ。

 だから、ここからは(・・・・・)私も彼らに付かせてもらいます」

「……は?」


 唖然とする男を他所に、彼女はアイナさんの下へと進み、若手騎士と対峙した。

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