あの方がいたから
街門を抜けると、活気のある気配が感じられる住民たちが視界に映る。
王都の出入り口が封鎖されていたため馬車の通りこそなかったが、どうやら街門以外はそれほど変わった様子はなさそうに見えた。
……住民に偽装した兵士、なんてのは考えすぎか。
王都とはいえ、それほど俺たちに人数を割けるとも思えない。
何よりもいつ王都へ向かうかも分からないはずだからな。
どちらかといえば、街門までヴァルトさんが来たことのほうが稀に思えた。
「ヴァルトさんは王宮勤めだよな?」
「そういえば、まだ言ってなかったな。
王に近い位置にいるのは予想してると思うが、俺は近衛騎士団所属だ。
正式名称は、ラウヴォラ王国近衛騎士団第二騎士隊所属副隊長が役職だな」
「……なげぇ……」
呆れるように一条は答えたが、俺は眉にしわを寄せていた。
さすがにアイナさんとレイラは知っていたようだが、それ以外の大人たち4人は目を丸くしながら視線を向ける。
当然、俺も例外じゃない。
王に近い位置にいる方だとは思っていたが、まさかここまで大物だとは……。
「……近衛騎士団の第二騎士隊副隊長、なのか……」
「あぁ。
200年前から召喚者を追放する役に回されてるが、本来は王女様付きの護衛が役目だった」
「プリンセスガードってやつかよ。
まさかそんな役職を担ってるやつが、こんなとこにいていいのか?」
サウルさんが驚きながら言葉にするのも当然だ。
王女様付きの近衛兵ともあろう者が城外を軽々しく歩くのは大問題になる。
時代や国次第では処刑されてもおかしくないとも思えた。
……いや、彼の言葉に気になるものが含まれていた。
それが正確だとすれば、彼が城から出ても咎められないかもしれない。
「だった、ということは、もしかして……」
「あぁ、想像の通りだよ。
もう208年も前になる。
重い病気を患われてな……。
その後は王の護衛任務に就いたんだが、そっちは第一騎士隊が務めてるから、実質俺たちは控えとして待機を名目に、毎日変わらない訓練の日々を過ごしてたよ」
……そうか。
だから雑務を任されるのか。
護るべき対象がいないんじゃ仕方ないとも思うが、それ以前にあの王様の直系がいないって意味にもなりそうだな。
「……とてもお美しい方だった。
まるで高原に咲く花のように気高く、凛と佇むそのお姿だけで同性も魅了されるような、とても特別な魅力をお持ちだったの」
「……そうですね。
あの方がご健在であればラウヴォラはひとつに纏まり、他国も兵を送るなど考えもしないはずです」
「……この国の象徴と言っても過言じゃなかった。
あたしやアイナだけじゃない。
あの方がいたから王国のために尽力しようとした」
「ふたりがそこまで言うんじゃ、本当にすげぇ人だったんだな……」
「……うん。
でも結局は、魔王には勝てなかったと思う。
本当はこんなこと、言いたくもないけど……」
魔王は異質すぎるからな。
単純な武力ではどうしようもない。
だからこそ特質的な光の魔力保持者が必要になるんだ。
とはいえ、少し気になることも頭から離れなかった。
現在の王が崩御すれば、実質王族の誰かが実権を握ることになる。
それはつまるところ……。
「……あぁ。
ハルトの予想通りだ。
こんな状況じゃなかったら、間違いなく血で血を洗う王権争奪戦が繰り広げられただろうな。
ラウヴォラの王族の中には危険思想を持つ過激派も多い。
まぁ、実権を我が物とする前にゼイルストラ帝国が攻め入ってくると思うが」
笑いながら答えるヴァルトさんに、俺は少し呆れていた。
さすがに一条も、今の発言がどういった意味を持つのか理解できたみたいだな。
「……笑ってっけどさ、それってガチでマズイんじゃねぇの?
騎士団っつっても王の命令なしに動けねぇんだろ?」
「そうだな。
だからある意味で言えば、王女様が旅立たれた瞬間、この国の命運は決まっていたのかもしれないな……」
空を見上げながら言葉にするヴァルトさんの姿は、とても寂しそうだった。
この国のために、命を賭してでも護りたいと思える方のためにと心身を鍛えても、その想いが必ず報われるとは限らない。
ましてや病気でこの世を去ったのであれば、どうしようもないことだ。
行き場のない感情を抱えたまま、それでも剣を振るったその日々は、とても虚しく思えてしまっても仕方がないと思えた。
* *
切ない気持ちのまま道を左折し、厩舎に馬車を返した。
ここからは歩きで王都まで向かう予定だが、さてどうするか。
「大通りは避けて、まずは俺が馴染みにしてる店に行こう。
そこで少し話をした上で、今後取る行動を決めよう」
「大丈夫なのかよ、その店。
一般人に迷惑をかけるのは良くねぇぞ?」
「その店主も俺らと同じで、記憶を失わずにいる。
貸し切りにしてあるから客も来ることはない」
「……さっきから気になる言葉が飛び交ってるな」
苦笑いを浮かべながら、バルブロさんは言葉にした。
それだけの内容が端々に含まれてるからな。
思わず口を出してしまうのも当然だ。
「歩きながら話すことも難しいし、店についてからでいいか?」
「あぁ、それでいいぞ。
ハルトは話すと言ったんだ。
俺はそれまで待つだけだ」
「ありがとう、バルブロさん」
「気にすんな。
それよりも、どっちなんだ?」
「左の小道を進むと少し大きな通りに出るが、裏通りになるから人目も避けられるはずだ」
進行方向を指で示したヴァルトさんは、俺たちを案内するように進んだ。
小道とも言えないような大きさの道を進み、裏通りへと出る。
そこから右に曲がり、真っすぐ進めば10分で目的地となるらしいが、残念ながらそう単純にはいかなかったようだ。
「……囲まれるぞ」
「なに?」
俺の言葉に足を止めて聞き返すヴァルトさん。
信じられないといった表情を浮かべるが、こちらを捕えようと布陣を敷いたような気配を周囲から多数感じた。
恐らくは周辺すべての道が封鎖されたとみていいだろう。
「随分と周到だな。
考えすぎだと思ったが、どうやら悪い方に予感が的中したようだ」
一般人を装って、それぞれの通りから兵を送り込んでいたのか。
いや、そんなこと今はどうでもいい。
この状況を打破する策を最優先に考えるべきだ。
「マジかよ……。
どうするんだ、来た道を戻るか?」
「もう封鎖されたと思うぞ」
……手が早すぎる。
これは……いや、考えるのはよそう。
しかし、俺たちを囲んだ連中は随分と統率の取れた相手のようだ。
「正面6メートル先の小道から27人来るぞ」
「ど、どうすんだよ」
「落ち着け。
たとえランクS冒険者がそれ以上いたとしても、今の俺たちなら軽くあしらえるから問題にはならない。
むしろ、冷静さを欠いて動くことのほうが良くない」
思えば裏通りとはいえ、住民が少なかったことに疑問を持つべきだった。
だが、何の容疑で俺たちを囲んだのかは分からない。
偵察と思える連中はひとりもいなかった。
だとすると、狙いは俺たちじゃないのか?
「……来るぞ。
いつでも動けるように警戒しろ」
「お、おう」
……硬いな。
やはり、突発的な事態に飲まれるか。
金属の足具で石畳を歩く音が徐々に耳へ届く。
数が多いこともあって、随分と威圧的に思える音だ。
小道からその姿が目視できるようになると、ヴァルトさんは言葉にした。
「……お前」
「あぁ、こんなとこにいたんすね、先輩」




