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一矢報いてからでなければ

 来客用のソファーに腰を掛け、俺たちは一堂に会した。

 大きめのテーブルを挟み、口の字型に設けられた席の上座へアウリスさんが座り、その横にはユーリアさんが、逆の場所にはアーロンさんが立った。

 まるで秘書と護衛のようだと思いながらも、俺たちは自然と席についた。


 上座に近い位置に俺と、対面するように一条が座る。

 俺の隣にはサウルさんとヴェルナさん、一条の横にはアイナさんとレイラ。

 宿もそうだが、これが不思議と俺たちの落ち着く分け方になっていた。


 席につきながら、俺はしみじみと思う。

 トルサを旅立った時はひとりだったが、自然と俺にも仲間が集まった。

 気が付けば一条たちも行動を共にするようになり、いつの間にか6人で世界を歩いてたことに不思議な縁を感じる。


 特に一条は勇者だ。

 召喚された当初はその可能性も考慮していたが、俺はそのまま追放されたこともあって、もしかしたらもう会えないんじゃないかとも思った。


「……無事で戻られたことに喜ぶべきか。

 それとも、すべてを話さずに旅立たせてしまったことに謝罪をするべきか判断に困るが、やはり真っ先に謝るべきだな」


 そう言葉にして深々と頭を下げる、アウリスさんとユーリアさん。

 さらにはアーロンさんまでが同じように謝罪の意を示した。


 その光景に、俺は戸惑うことはなかった。

 きっと3人は謝るだろうと思っていたからだ。

 だからそんな彼らに答える言葉も、ここに来る前から決めていた。


「アウリスさん、ユーリアさん、アーロンさん、どうか頭を上げてください。

 話せること、話せないことがあるのも承知で、俺は"調査依頼"を受けました。

 それにアウリスさんが想定していた通り、"西の果て"に辿り着けばすべてが氷解するように理解できたんですから、3人が謝る必要なんてありません。

 同時に、俺の為すべきことが見つかったんですから、深く感謝しています」

「ハルト殿……」


 彼らが謝る必要なんて微塵もない。

 むしろ、真実を知るために行動させてもらえた。

 おまけに日本への帰還手段まで解決したんだ。

 3人を悪く思うような度量の狭さなんて、俺は持ち合わせていない。



 平静に戻った3人へ、俺はこれまでの旅を話し始める。

 途中、パルムの一件に表情を険しくされたが、それも解決したと知るといつも通りの顔に戻った。


 色々と突っ込みどころのある話だ。

 特に劇物を使われかけたことは、さすがに驚きを隠しきれなかったようだ。



 国境を越え、ヴァレニウスからセーデルホルム、そしてリンドホルムへと話が向かうにつれ、再び難しい顔をし始めた。


 それも当然だ。

 唯一、魔王の影響から逃れた国が現状どうなっているのか、さすがに確認まではできなかったと彼は話した。


「……もしも我々が直接リヒテンベルグへ向かえば、魔王によって魂が瞬時に消失させられるかもしれない。

 いまさら我が身可愛さで命を失うことに思うところなどない。

 だがそれでも、"真実"を知る我らがいなくなれば、本当の意味で魔王に敗北したことになると私には思えてならなかった。

 そんなことは断じて容認できない。

 せめて滅ぶのなら、一矢報いてからでなければ死にきれん。

 ……こんな状態で言葉にすることでもないがな……」


 ……ずっと、アウリスさんたちはそう考えていたのか。

 だからこそ俺に精一杯できる範囲で誠意を見せてくれたんだな。


 しかし、言葉を返したくなるものが彼の口から飛び出した。


 そう感じたのは俺だけではない。

 何よりもそれに反応する男が対面に座っている。


 これまでだってそうだった。

 こいつは馬鹿だが、いつだって勇者としての"心"を持っていたからな。


「……そんなこと、言うなよ。

 できることを精一杯したじいちゃんたちを、俺たちは悪く思ったりしない。

 ハンネスのじいちゃんにも言ったんだけどさ、そんなふうに考えてほしくないんだよ。

 200年も頑張ってきたんじゃねぇか。

 あともうちょっとってところまで来てるんだ。

 なら、ここから先は俺たちに任せてくれよ。

 必ず世界を救ってみせるから」


 優しい口調で一条は言葉にする。

 そしてこれは、こいつなりの"願い"でもある。


 そうしてほしい。

 もう少しだけ考えを改めてほしい。


 それはとても優しい心が伝わる言葉だ。

 まるで心に沁み渡るような想いの欠片だ。


 気付かないはずがない。

 聡明な3人であれば、間違いなく伝わっている。

 だからこそ目を伏せながら、一条の発した言葉の余韻に浸る。

 暖かく、希望に満ちたこいつなりの優しさを、噛みしめるように。


「相も変わらず礼儀を知らぬ小僧だろうと思っていたが、随分と良い経験をしたように見受けられるな、カナタ殿()

「お?

 呼び捨てじゃねぇのは初めてだな。

 俺のこと、ようやく認めてくれたってことか?」

「どうだろうな」

「なんだよ、思わせぶりかよ」


 小さく笑いながら答えたアウリスさんに、呆れた様子を見せる一条。


 こういうところはまったく変わらないんだよな、こいつは。

 明らかに一条を見るふたりの目が変わったことに気付かないなんてな。


 同時に、アウリスさんたちの一条に抱いていた評価を知れた。

 おおむねその通りだと肯定してしまうが、今のこいつは本物の"勇者"だ。

 まだまだ経験は足りないし、習うべきものが山のようにあったとしても、その心だけは誰にも恥じることはない。

 強くて優しい、思いやりに溢れた心を持っている。


 思わず口にしてしまったんだろう。

 思いの丈をこぼすように、アウリスさんは言葉にした。


「……救われるかもしれないな」

「そう言ってんだろ、じいちゃん。

 "俺たちは"勇者だからな。

 あとは俺たちに託してくれよ」


 どこか楽しげに笑いながら、一条は答えた。

 こいつを知らない連中には軽薄に見られかねない態度ではあるが、込められた想いは誰よりも強いことを、この場にいる全員が知っている。


 アウリスさんたちもそうだ。

 今のこいつを見て、内面の変化に気付かないはずもなかった。


「……本当に、良い目をするようになったな」

「そりゃあ俺には答えられないぞ!

 鏡見てもいまいち分かんねぇからな!

 でもよ、鳴宮とアイナ、レイラに毎日ぼこぼこにされてた日々を過ごしてたんだから、ちょっとやそっとじゃへこたれなくなったぜ!」

「……そうか」


 短く答えたアウリスさんは、口角をわずかに緩ませた。

 唯一の不安要素だとふたりは考えていたらしい。


 それも当然だと思いながら一条へ視線を向けると微妙な顔をしていたが、出会った頃の自分を思い返してみろとアウリスさんに言われ、何も言い返せなくなったようだ。


「……どうやらそれも、杞憂に終わりそうだな」

「……そうですね」


 小さく言葉にしたふたりの想いが、一条の耳に届くことはなかった。

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