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真っ先に伝えるべきだと

 冒険者ギルド。

 俺はトルサに着いてから数日間、この場所で活動していた。

 受けた依頼は極々ありふれた薬草採取で、薬草の勉強をしつつ今後どうするべきかを考えながらのんびりと過ごした。


 冒険者登録をするよりも先に喧嘩を売られたし、明確な殺意を向けられた馬鹿どもをボコって詰め所に放り込んだこともある。



 飲食スペースも、右側に置かれた掲示板も、正面に設けられた受付も。

 観葉植物を含む多少の景観に細かな差異はあるが、これまで訪れた町とは明らかに違った印象を感じた。


 きっとそれは、"トルサにいるから"そう思えるだけなんだろう。

 パルムに滞在してる時には感じなかった"何か"が、この町にはある気がした。


「……不思議な気持ちだ。

 冒険者ギルドはどこも似たような造りをしてるはずなのに、それでも"懐かしい"と感じるなんてな……」

「……ハルト君にとってトルサは、特別な町なんだね」


 小さく、しかしはっきりとレイラは言葉にした。


 "特別な町"、か。

 どうなんだろうな。


 初めて辿り着いた異世界の町。

 王都を追放されて行き着いた町。

 ヴァルトさんに導かれた町。


 いい方こそ色々ある。

 それでも俺にとって、特別と言える場所なのか。


 ……いや、そうだな。


「世話になった人もたくさんいる。

 今はもう会いに行くことは難しいし、直接的に恩を返せなくなったけど。

 このトルサは俺にとって、本当に特別な町なんだと思うよ」

「……ん。

 よかった」


 優しく微笑みながら、レイラは頷いて言葉にした。


 俺は異世界人だし、王城では召喚直後に追放されてるからな。

 特別に思える場所がひとつでもあるだけで随分と違うんだろう。


 精神的な面でとても重要な意味があるのかもしれない。

 それを深く理解してるからこそ、心配してくれたんだな。


 受付へ視線を向けると、仕事をしていたユーリアさんと目が合った。

 対応していた冒険者を別の職員に引き継いだ彼女はこちらへと向かう。


 受け持った仕事を終わらせることよりも、俺たちを最優先に考えてくれたのか。

 申し訳なく思いながらも受付に向かい、館内の中央辺りで互いに足を止めた。


 深々と頭を下げたユーリアさんは、わずかに声を震わせながら言葉にした。


「……ご無事で何よりです、ハルト様……」

「ただいま、ユーリアさん」

「はい。

 おかえりなさいませ」


 顔を上げたユーリアさんは目尻に涙を溜めながら、とても嬉しそうに答えた。

 どれだけ心配していたのか、その表情を見れば一条でも理解できたんだろうな。


 同時に彼女は俺が一条と一緒にいることで、そのおおよそを把握したはずだ。

 ユーリアさんは話し方や所作からもはっきりと分かるほどに聡明だからな。

 こちらが言葉にしなくても、この状況から多くの情報を得たようだ。


 館内の端に造られた階段を手のひらで示した彼女は言葉にした。


「どうぞ、こちらへ。

 アウリス様の下へご案内いたします」

「あぁ、ありがとう」

「いいえ、いいえ……こちらこそです、ハルト様……。

 ハルト様がカナタ様方とご一緒であることを、私は何よりも嬉しく思います」

「目的は一緒だかんな!

 いいように使われて(・・・・・・・・・)たまるかよ!」


 豪快に笑う一条の姿に涙を流しそうになりながらも、ユーリアさんは懸命に笑顔を作った。



 ほんのわずかに何かがずれていたら。

 何度思ったことか分からない。


 それでも俺たちは今、こうして傍にいる。

 敵対することなく、魔王に利用されることもなく。


 俺たちは、この場所に戻って来れた。


 しかし、魔王にとってはそれすらも"どうでもいいこと"なんだろう。

 刺客と思えるような事態は一切起きなかったし、今も何ら日常に変化を感じることなく過ごせているんだから、些細なことですらないのかもしれない。


 一条はこの話をすると決まって怒りを露にするが、俺たちにとっては好都合だ。

 邪魔が入らないのなら、自由に攻め入らせてもらうだけだからな。


 *  *   


 踏みしめると軋む階段にも懐かしさを感じながら歩き、目的の場所へと着いた。

 いや、"着いた"ではなく"戻ってきた"、が正しい表現だな。


 ユーリアさんが軽くノックをすると、いつも通りの声色で返事が耳に届く。

 扉越しにも明瞭な意志力を感じさせる力強くも落ち着いたアウリスさんの声だ。


「失礼します」


 とても嬉しそうに話すユーリアさんの姿は、初めて見るかもしれない。

 まるで心が躍っているようにも思えるその声色に、俺は少し驚いた。


 室内に入ると執務机で仕事をするアウリスさんが見えた。

 冒険者ギルドに寄せられる情報をまとめた報告書だろうか。

 さらさらとリズムよくサインをしていたが、こちらを一瞥した瞬間、その手をぴたりと止めた。


「……そうか。

 それで声が弾んでいたんだな、ユーリア」

「はい」


 しみじみと答えながらも、アウリスさんは安堵したように深くため息をついた。



 報告すること、話さなければならないことがたくさんある。

 でもまずは、これを真っ先に伝えるべきだと、俺には思えた。


 自然と出たその言葉にアウリスさんは頬を緩ませながら、俺の瞳をとても懐かしげに見つめた。


「ギルド依頼を終え、本日トルサに戻りました」

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