知る中で最高の
楽しく雑談をすること小一時間。
ふと思い出したように、一条はハンネスさんに訊ねた。
「……そういや、カーリナはどこ行ったんだ?
さっき部屋を出てから戻って来ねぇな。
もしかして仕事に戻ったのか?」
「ふむ。
そろそろ戻るはずじゃが」
「戻る?」
ハンネスさんの気になる言葉に、一条は首を傾げた。
何かを指示した様子もなかったが、中途で抜けた仕事を片付けているのか?
話をしながらしばらく待っていると、扉をノックする音が耳に届いた。
「おぉ、帰ってきたようじゃの。
入りなさい」
「失礼いたします」
入室するカーリナさんは、とても大きな籠に入った香り高いフルーツと思われるものを持ってるようだ。
「……まさか、これは……」
「そのまさかじゃよ、ハルト殿。
これが、"ハールス"じゃ」
とても上品な香りが室内に優しく広がる。
まるで黄金の麦畑のような美しい輝きを放つ黄色い果実。
房から生るその姿からブドウを強く連想するが、実の大きさは小さめのプラムくらいありそうで、重さを支えるだけでもすごいと思えてしまう。
こんな形でハールスを目の当たりにするとは思っていなかったな。
「このハールスは特殊な果物での、乾燥させてしまうと味が極端に落ちるんじゃ。
昔は栽培も本格的にしておったが、現在では実を付けなくなってしまった。
ごく稀に森で見かけるものを採ってくる他に食べる手段がなくなったこともあって、その価値が跳ね上がっとるんじゃよ」
どうりで見かけないはずだ。
それだけの価値なら、ハールスが集まる店があるのかもしれない。
そういった専門店に行かなければ手に入らないのか。
「でっけぇブドウだな……。
すげぇいい匂いしてるけど、美味いのか?」
「うむ。
ワシの知る中で最高の果物じゃよ。
200年前はどこでも採れたんじゃが、あの影響で実のらなくなっての。
今ではとても高価な最高級の果物として店に並んどるよ」
……そうか。
あの時はそういうものなのかと思っていたが、闇が世界を覆った瞬間、植物にまで影響を与えていたんだな。
いや、それも当然か。
人の命が触れただけで消失させられたんだ。
むしろ、それでも実ることが凄いと判断したほうがいいんだろう。
一般的な果物を始め、様々な動植物が現在も無事なのは奇跡なのか。
女神様が力を使えば地上に悪影響を及ぼしてしまうことを考えれば、それこそ本当に奇跡の産物と言っていいほどの果物なのかもしれない。
カーリナさんは、ハールスの入った籠をテーブルの中央へ静かに置いた。
一瞥しただけでも相当大きかったが、こうして間近に見るとさらに大きいな。
「最高級ってもよ、果物だろ?
そんな高いとも思えねぇんだけど、いくらするんだ?」
「ふむ、そうじゃの。
大体100万キュロだの」
「ひゃ、100万もすんのか!?
果物がたったの3つでか!?」
「いや、カナタ殿。
ハールスはひと房で100万じゃよ」
「さ、さんびゃく……」
言葉にした一条と同じく、俺たちも引いていた。
まさかそこまで高額だとは、さすがに思っていなかった。
ぽんと出せる額ではないし、売っているだけでも恐ろしく思えた。
そんな値段で誰が買うんだろうか、とも考えてしまう。
「品質の良いものはそのくらいじゃの」
「はい。
こちらは最高級品となっていますので、お味の保証も確実かと」
笑顔で言葉にするふたりに、言いようのない感情が溢れてくる。
これは、ある意味で言えば感謝の念から来ているんだろう。
だとしても、俺たちがもらうわけにはいかない。
そういったところは俺と感性が似ているんだよな。
一条は困惑した表情で言葉にした。
「さらっと言ってるけどよ、そんな高価なもん持って来られても困るぞ。
まさかとは思うけど、お礼のつもりなのか、じいちゃん……」
「ふむ、確かにそれもあるがの。
ワシが其方たちに振る舞いたかったんじゃよ。
ハルト殿にもハールスの話をしていたし、ちょうど良いと思っての」
とても嬉しそうに笑うハンネスさんだが、言葉にならない俺はどう断るべきかを考えていた。
しかし購入してしまった以上、返品することも難しそうだ。
だからといって素直にもらうこともできない。
そんな問答を脳内で続けていた表情も、彼らには筒抜けだったようだ。
ハンネスさんは小さく声を出して笑いながら言葉にした。
「もらってほしい。
どうせ先は決まっとるからの」
「じいちゃん……まさか、まだ……」
「魔王の居ない世界で、みんなが幸せになれるんじゃからの。
"前祝い"として最高のものを食したいと思ったんじゃ。
……となれば、ハールスをおいて他にはない。
ただ、それだけのことじゃよ」
「なんか、すげぇこと言われた気がするけど、本当にいいのかよ……」
「よいよい。
200年もギルドマスターしとるんじゃ。
購入する資金も潤沢じゃよ、ホッホ」
「それもそうだな!」
彼の冗談を本気にして笑う能天気な一条。
子供をたしなめるアイナさんとレイラ。
いつも通りの風景がそこにはあった。
後ろ向きではなく前向きな姿勢で購入したのなら、彼の善意を素直に受け取らないのも逆に失礼に値する、か。
その答えが頭に出るまで、俺は日常に思える3人のやり取りを見守り続けた。




