悲しいこと言うなよ
「……じゃがの、それではダメなんじゃ。
この世界を救う者は、この世界の住人でなければならない。
たとえ魔王の討伐が不可能だったとしても、異世界人たる其方たちの力に縋ることなど、ワシにはできんよ……」
ハンネスさんは沈痛な面持ちで言葉にした。
彼の想いも痛いほど分かる。
俺がこの世界の住人なら同じことを考えたはずだ。
でも、一条には理解できなかったようだな。
その気持ちも、俺はよく分かるよ。
「なんで……。
……どうしてだよ、じいちゃん。
俺らはそのために呼ばれたんだぞ?
俺らには世界を救える力があるんだぞ?
この世界の人たちに魔王を倒すのが難しいんならさ、俺らが戦えばいいだろ?」
「……カナタ殿……」
どちらの想いも間違いではない。
それでもな、一条。
俺たちは選んだわけじゃないんだ。
こちらの意志を確かめることなく、強制的に転移させられた。
ハンネスさんは、そのことを言ってるんだよ。
「こちらの都合で一方的に呼び寄せ、魔王討伐を願うなど身勝手にもほどがある。
世界を救ってもらったのち、我らにできることなど何もないに等しい。
特に我らは現状を維持しているだけでも奇跡なのだと考えている。
魔王の消滅と同時に我らの魂も解放され、死者の国へ向かうのではないかの?」
「……それは……」
「ホッホ。
カナタ殿は正直じゃのう。
じゃがの、それでいいんじゃよ。
ワシらは200年も余計に生きられた。
あとは本来のあるべき姿に戻るだけだからの」
「……じいちゃん……」
満面の笑みで答えるハンネスさんとは対照的に、一条は今にも泣きだしてしまいそうなほど悲痛な表情を見せた。
「我々の身勝手な都合で一方的に呼び寄せ、それが宿命だと言わんばかりの態度で世界を救ってもらうことに甘んじるなど、虫のいい話にもほどがある。
故に、この世界を救う者が異世界人であってはならないんじゃよ。
言葉通りの救世主に対し、礼節の欠片もない行動をしてはならないんじゃ。
我ら自身の手で世界を救えぬのなら、そのまま滅びゆくのが定めではないかの」
これまでにないほど強い想いを言葉に乗せて、ハンネスさんは話した。
その想いも間違っていない。
至極真っ当だとも思う。
きっと、そう考える人すら世界には限りなく少ないんだろう。
今はもう、記憶を残すことすら許されていないのだから。
……でも。
ハンネスさんの考えは、俺たちにとって悲しいものだった。
そうじゃない。
そうじゃないはずだ。
言葉にしようと口を開く前に、一条が先に答えた。
「……違う。
違うよ、じいちゃん……。
俺たちはさ、そんなふうに考えてほしくないんだよ。
確かにじいちゃんの言う通り、この世界には強制的に呼び寄せられた。
そこには同意もなければ、女神様に願われることすらなかった。
いきなり何も知らない世界で『お前は勇者だ! 魔王を倒せ!』なんて言われても、ほとんどのやつは意味わかんねぇって気持ちになるかもしれねぇよ。
でもさ、たとえ俺らがそうだったとしても、これは俺らにしかできないことで、何よりも俺ら自身が考えてこの世界の人たちを救いたいと思ってここにいるんだ。
この想いだけは誰に強要されたものでも、まして自分の世界へ帰るために嫌々やってるわけでもねぇ。
絶対に救うんだって強い覚悟でここにいることだけは分かってくれよ」
「……カナタ殿……」
一条の言う通りだ。
始まりは突然のことだったが、今はそうじゃない。
世界の真実を知り、何をするべきか俺たち自身が考えてここにいる。
「……ま、じいちゃんがどう思おうと世界を救うよ。
俺たちは誰かに何かをしてほしくて世界を救うんじゃないんだ。
魔王のやってることが赦せなくて、ぶった斬るために戻ってきた。
結果、世界は救われて平和になる。
じいちゃんたちは安らぎに満ちた世界で、また新しい人生を始めるんだ。
魔王なんていない、静かで穏やかな世界を生きていくんだ。
みんなそれぞれの場所で幸せに暮らしてハッピーエンドだ!」
声を出して笑う一条だが、心の内には悲しみを秘めていた。
そうだよな。
ハンネスさんからそんなことを言われたら、俺だってショックだよ。
何もそこまで悲観しなくてもいいとすら思えてしまう。
それが分かるからこそ、一条は言葉を続けた。
笑顔でもなく、けれど泣きそうな顔でもない、そんな難しい表情で言葉にした。
「だから、"滅びんのが定め"なんて、そんな悲しいこと言うなよ。
じいちゃんたちにはさ、これからもずっと幸せでいてもらいたいんだ。
……いや、違うよな。
魔王がいなくなれば、今度こそ本当の平和になるんだ。
それはきっと、こことは違う世界での話かもしれねぇけどさ、200年前には確かに感じてたものをやっと取り戻せるんだって、俺は信じてるんだよ」
……そうだな。
俺もそう思うよ。
不確かなことだから言葉にはできないけど、女神様はこの世界の人たちを救おうと努力してくれている。
まだどうなるか分からなくても、きっと悪いようにはならない。
俺にはそんな気がした。
瞳を閉じながら深く考え込むハンネスさんだが、先ほどとは明らかに違う気配が溢れ、ようやく俺たちも頬を緩ませた。
もう、大丈夫だろう。
そう思える前向きな気持ちを感じた。
「……カナタ殿、ハルト殿。
其方たちに心からの感謝を捧ぐ」
「真面目だなぁ、じいちゃんは!
そういう時はさ、"ありがとう"って言やぁいいんだよ!」
「ホッホ、そうじゃのう。
……ありがとう」
「おう!」
優しく微笑みながら、ハンネスさんは涙をこぼした。
いったいどれだけの想いを内に秘めていたのか、想像することしかできない。
でも、それもあとわずかなことだと俺たちは考えている。
敵はすぐ傍と言えるほどの近くにいるからな。
旅は順調に進み、ここまでイレギュラーな事態も起こっていない。
恐らく魔王は俺たちを妨害することすら興味の対象外なんだろうな。
それはそれでムカつくと一条は言うはずだが、逆に言えばこれは好機だ。
ふんぞり返ってるクズを斬るのに、邪魔が入っては面倒だからな。




