感慨深い場所
空がオレンジ色に染まる少し前、俺たちはヴァレニウスに到着した。
この町は、俺にとって感慨深い場所でもある。
北の湖と隣接されるように造られたヴァレニウスは、見るもの食べるものすべてが衝撃的だったと記憶している。
もちろんそれは凄腕の料理人がいることや、楽しい思い出になってる釣り大会があったからこそだが、この世界に来てあれほど穏やかに過ごせていたのは初めてだからでもあるんだろうな。
今にしても思えば、あの時の俺は精神的に相当疲れていたのか。
かなり重苦しい事態に直面した後だったし、"癒しを強く感じる町"なんて認識をしているのも当然かもしれない。
ともあれ俺たちは次の馬車の予約と宿を決め、冒険者ギルドへ向かった。
しかし、受付の女性職員に例の件を訊ねてみるも、結果は同じだった。
「……まぁ、いないよな」
「そうそう危険種なんて、出るわけねぇよ。
逆に言やぁ、そんだけ平和に過ごせてるってことだよな」
一条の言う通りではあるんだが、相当の威圧感を放つ並の魔物じゃないからこそ、せめて一度は対峙しておきたいのが本音だ。
だからといって、危険種の情報が易々と手に入るはずもないんだが。
とはいえ、情報がまったくないわけでもなかった。
受付の女性は思い出したように答えた。
「そういえば先週、イェルザレム近郊で痕跡が見つかったそうですよ。
あくまでも"その可能性あり"とのことではありましたが、確かこの辺に……」
引き出しに仕舞われた書類を取り出し、女性職員は確認をし始めた。
「……あぁ、これですね。
確かに先週、当ギルドにも情報が届いています。
もちろん確たる証拠もまだなく、現在は確認中で止まってる案件ですが、恐らく3日以内には結果をお伝えできると思いますよ」
「いるかもしれねぇけど、どうする?」
若干、期待を込めたような気配を一条から感じた。
なんだかんだここまで順調に旅をしてるから、何か刺激を求めてるのか?
……いや、そんな子供じみた性格はもう随分と落ち着いてるはずだ。
今の言葉は、"勇者として行くべきじゃないか"と考えての発言か。
どの道、俺たちには時間的な余裕がないから、こう答えるしかないんだが。
「イェルザレムはここから北西にある町だ。
明日出発するとしても到着に7日はかかるし、遭えるかも分からない。
東に向かうには湖を大回りしなければならないから、ヴァレニウスに戻ってくるまで最低でも14日。
そこから国境線を越えることも考えれば現実的じゃないな」
「それもそうか」
一条はどこか残念そうに答えた。
優先するべきは、可能な限り早く目的地へ到達することだ。
女神様は俺たちの旅にイレギュラーはないと言っていたが、それでもなるべくなら予定通りに進みたいところだ。
寄り道をしたとしても問題ないと予見されているとは思うが、後悔したくないからな。
それは一条も十分理解してることだった。
だからこそ言葉を返さずに納得してくれた。
「みなさんは"危険種狩り"なんですか?」
「違うが、その危険性は知ってるつもりだ。
あんな魔物を野放しにしたくはないんだが、俺たちにも優先しなければならないことがあって、予定を変えてまで探しに行くことはできないんだよ」
「なるほど、そうでしたか」
"危険種狩り"、か。
噂程度には聞いていた。
確か危険種を専門に狩る冒険者チームの総称だったな。
わざわざ自分たちから命の危機に首を突っ込むような連中がいるのもどうかと思うが、それを言葉にしたら大きなブーメランが返ってきそうだな……。
だが、命を懸ける価値は十分にあると思う冒険者は多いはずだ。
実際に得られる見返りも計り知れないほど大きいし、一度でも達成すれば次はギルドから直接依頼されるようになるだろうから、俺が思っている以上にそういった専門のチームはいるのかもしれないな。
「もしもそういった凄腕冒険者さんたちのパーティーが来てもらえるなら、イェルザレムの人たちも安心すると思ったんですけど……」
少し残念そうに答える女性職員だった。
しかし、まだ危険種がいると判明したわけでもない。
曖昧な情報なのも理解している彼女が、俺たちに強く願い出ることもなかった。
平穏な暮らしが当たり前となってる町が、この国には多いんだろう。
危険種は強いとギルドから認定される魔物の中でも、飛び抜けて厄介な存在だ。
倒せる冒険者も限られているのはもちろん、憲兵と冒険者の合同討伐隊を結成しても戦力と作戦指揮次第では甚大な被害を被る可能性だって十分に考えられる。
それに"危険種狩り"と呼ばれたチームは、頻繁に出没する地域に向かうはずだ。
ストレムブラード王国にそんな場所があるとも、正直なところ思えない。
もちろん、"そんな場所があれば"の話ではあるんだが。
「ま、時間も限られてるし、俺たちは東に向かおうぜ」
「だな。
そんじゃ、メシ食いに行こうぜ!
アタシもそろそろ腹減ってきたからな!」
「……ん。
ちょっと早めの夕食も悪くない」
どこの店で、なんてのは愚問だったようだ。
誰ひとり、それについて訊ねることはなかった。




