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事情が事情だけに

 リンドホルムからセーデルホルムへ向かうための"ヘーネス街道"を進み続け、辿り着いた頃はとっぷり日が暮れて静かな夜が町全体を包み込んでいた。


 街門こそ開かれたままではあるが、憲兵たちは昼夜監視を怠らない。

 それは、周囲に危険がないほど穏やかな町だとしても変わらないようだ。


「リンドホルムの冒険者たちか?」

「いや、所属してるわけじゃないんだ」

「冒険者のみの旅ってのも珍しいが、まぁいいさ。

 ようこそ、セーデルホルムへ」

「あぁ、ありがとう」


 対応した憲兵にお礼を告げて厩舎へ向かい、俺たちは馬車を降りる。

 今回の旅は魔物と出遭うこともなく、平穏な旅を満喫できた。

 思えばこの周辺では、前も同じようだった気がするな。


「それじゃあ確認しましょうか」

「そうだな」


 旅に同行してくれた御者のエグモントと組合へ向かい、明日の便を予約した。

 とんとん拍子に事が運んだが、貸出馬車では良くあることだと彼は話す。


「元々この辺りでは借りられる方も限定されますから、割と空いてるんですよ」

「まぁ、冒険者ギルドも商業ギルドもお抱え馬車を所持してるから、急ぎで出立する一般人でもいなければ使われることもないんだろうな。

 むしろギルド所属だと報告してすぐ町を出る、なんてこともあるから、俺は結構忙しなく動けてた印象だったぞ」


 冒険者ギルドは特にそういった目的で専用馬車を動かすことが多く、緊急で出さなければならない手紙の配達が相当多いようだ。

 その手の仕事は隣町のギルドマスターへ送られるものと、周囲の魔物に関しての書類がほとんどで、割と頻繁に行き来するんだとサウルさんは話してたな。


 当然、信頼の置ける人物でなければ頼まれることではない。

 勝手に中身を読んだりするような者にギルドが管理する馬車を預けるわけもないが、逆に言えば信頼できるからこそ任せられる仕事だってことなんだろうな。


「それで、どうしますか?

 早ければ早朝には発てますが」

「そうだな。

 疲労感はないし、みんなが良ければそのまま立とうと思うんだが」

「俺ぁかまわねぇぞ。

 がたごと揺られんのも楽しいからな」


 一条に続き、みんなも明日の出発に賛同した。

 この町にも知り合いはいるが、正直に言えば会いたいと思う一方で"会わないほうがいいんじゃないか"とも俺は考え始めている。


 一般的な再会であればそれはとても喜ばしいことだし、俺自身も強く望めるんだが、抱えている事情が事情だけに精神的な負担として重く圧し掛かるような気がしてならなかった。


 人もまばらな夜のメインストリートを歩きながら、俺たちは話し合う。

 どうすることが正解なのかは答えが出ないだろうけど、それでも俺はみんなの意見が聞きたかった。


「この町での知り合いは冒険者のギルドマスター以外いねぇし、鳴宮たちの好きにすればいいと思うぞ。

 まぁ、乗合馬車で一緒になった連中とも話くらいはするけどよ、もう名前も覚えてねぇような付き合いしかないんだから、思い入れも何もねぇよな」

「それはカナタだけですが、私たちもそれほど深くは関わっていません。

 親しい間柄にはならない旅だからこその乗合馬車だと思っていたくらいですし、そういった意味で言えばハルトさんたちの過ごしてきた時間はとても特別なものに思えてしまいますね」

「……ん。

 あたしは特に顔立ちも幼いし、嬉しくない視線を向けられることも多いの。

 だから乗合馬車ってのは、"深く人と関わらないもの"だと思ってた」


 言われてみると確かにそうかもしれないと感じた。

 アイナさんとレイラは相当の美人だし、物腰も柔らかい印象が強い。

 下衆な視線を同行者に向けられることも多いんだなと考えながら、そういった旅を繰り返していれば乗合馬車の乗客とそれほど深く付き合ったりしないのが日常だったんだろう。


 嫉妬深い一条が付いてる上に、こいつは喧嘩っ早い面倒な性格をしてるからな。

 ふたりに色目を使う男どもを許せず、ぶっ飛ばしてきたのかもしれない。


「……あんだよ?」

「お前、これまで何人ぶっ飛ばしてきた?」

「憶えてねぇが、俺の嫁をエロい目で見た連中は全員ボコったな!」

「……だろうな……」


 そんな旅を続けていれば、乗合馬車を楽しく感じるはずがない。

 むしろ町に着くまでずっとギスギスしてたんじゃないかとも思えたが、これに関しては深く追求しないほうがいい気がした。


 一条にとって、ふたりはそれだけ大切な人たちだと言えるが、だから殴っていいとはならない。

 もう少し穏やかな解決法もあったはずだし、アイナさんとレイラはそれを強く言い聞かせていただろうから、すべては手が早いこいつの性格が問題か。


「随分、苦労したんだな」

「そう言ってもらえると嬉しいですよ」

「……カナタ、気に入らないとすぐに手が出る。

 そのたびになだめながら、相手と関わらない距離を保ってた」


 ……もしかしてこいつ、日本でも同じようなことしてるんじゃないだろうかとすら思えたが、これについても聞かないほうが良さそうだな……。


 らしいというか、なんというか。

 さすがに今は性格も落ち着いてるし、いきなり拳を顔面に放ったりもしないが、少し前のこいつと一緒に旅をするのは難しそうなことだけは間違いなかった。

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