よく知ってるよ
他愛無い話をしながら中央広場に戻ってくると、置かれたベンチに視線が向く。
偶然か、それとも……。
そう考えながらも俺は近くにあった露店に行き、ザイツの実とミルクで作った甘いジュースを購入し、ベンチへと向かった。
「どうした?
迷子か?」
力なく腰掛けるふたりを怖がらせないように目線を合わせ、穏やかな口調と笑顔で声をかけた。
「喉、乾いたろ?
甘くて美味しいぞ」
「「……いいの?」」
「あぁ、もちろんだよ。
それにこのジュースはふたりのために買ったんだ。
ふたりが飲んであげないとジュースが可哀想だろ?」
本当にもらっていいのかためらいながらも、ふたりは小さめの木製カップを受け取り、少しだけ口に含んだ。
瞳に活力がみるみるうちに蘇り、こくこくと勢いをつけて飲み続けた。
……よほど喉が渇いてたんだろうな。
一気に飲み干すと、ふたりは元気に答えた。
「「ありがとう、おにいちゃん!」」
「あぁ、どういたしまして」
中身が空のカップを受け取り、なぜふたりでいるのかを訊ねる。
だが、やはりと言うべきか両親とはぐれてしまったようだ。
「いっぱいあるいて、さがしたの……」
「……でも、おとうさんもおかあさんも、みつからないの……」
分かってるよ。
スカートの裾も靴も、随分と汚れているからな。
どれだけふたりが頑張っていたのか、よく分かってるよ。
「じゃあ、お父さんとお母さんを探しに行こう。
ちゃんと見つかるまで一緒にいるから、もう少しだけ頑張ろうか?」
「「うん!」」
変わらないな、ふたりとも。
いや、変わってると言うべきではあるんだが。
「わたしエレオノーラ!」
「わたしエレオノール!」
……あぁ、よく知ってるよ。
「俺は春人、冒険者だ。
後ろにいるのは俺の大切な仲間たちだよ」
「奏多だ!
よろしくな!」
こういう時、笑顔で接してくれる一条が頼もしく思える。
屈託のない笑顔は子供の心に直接届くことも多いと聞くからな。
「「よろしくね!
ハルトおにいちゃん、カナタおにいちゃん!」」
「おう!」
精神年齢が近いのか、それとも子供に心を寄せるのが上手いのか。
ともかく一瞬で仲良くなったふたりに安堵しながら、俺たちはジュースが入っていたカップを露店に返した。
「……やっぱり、迷子だったのかい?」
「あぁ、そうみたいだ。
俺たちはこのままふたりの両親を探しに行くよ」
「大丈夫かい?
憲兵さんに任せた方がいいんじゃないかい?」
本来であればそれが正しい。
下手をすれば誤解を生みかねないからな。
それでも、この子たちには酷な場所だ。
「詰め所は刺激が強い。
俺たちが責任を持って両親を探し出すよ」
「そうかい。
良かったね、お嬢ちゃんたち」
「「うん!」」
ふたりが懐いてることや、アイナさんたち女性が3人もいることに安堵したのか、露店商の中年女性は安心したように話した。
「それじゃあ、あんたたちに任せるよ。
何かあれば遠慮なく頼っておくれ。
力になれることもあるだろうし」
「あぁ、ありがとう。
もしも両親と思える人たちが広場に来たら、俺たちのことを話してくれ。
これから町の南側を探して、見つからないなら一度ここに戻って来るよ」
そう言葉を残し、俺たちは町の南側へと足を進めた。
道中、お話好きのふたりに冒険譚を聞かせていると、すぐに変化を見せた。
視線を合わせながら、俺は言葉にする。
「おいで」
「「……ん」」
ふたりを抱きあげると、そのまま眠ってしまった。
懐かしいふたりの姿に頬を緩ませる。
本当に変わっていないな。
「いいのか?
両親、探すんだろ?」
「いや、もう見つけたよ」
「やっぱ知り合いかよ。
……つーか幼女の一家と知り合いとか、顔が広いにもほどがあんだろ……」
「乗合馬車を利用してれば自然と仲良くなるもんだぞ」
「そりゃ、コミュ力高いお前だけだよ。
俺らの旅はムサイおっさんばっかりだったぞ……」
「たまたまだろ?」
子供たちを起こさないように小声で話しながら、俺たちは南を目指す。
路地から飛び出すように現れたルーカスさんとエルヴィーラさん。
どうやら必死になって愛娘たちを探していたようだ。
あれだけ大切にしてたんだからそれも当然か。
急にふたりがいなくなって半狂乱だったみたいだな。
「ノーラ!」
「ノール!」
「疲れて眠ってるだけだよ。
随分とふたりを探してたみたいだ」
「ご迷惑をおかけしました……」
「気にしないでくれ」
そのままふたりをそれぞれに預ける。
あれだけ会いたかった両親にも反応を示さないなんて、エレオノールもエレオノーラも眠さが勝ってるんだな。
「中央広場にある果物のジュースを売ってる露店商の女性も心配してたから、あとで顔を出してもらえると助かるよ」
「わかりました。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いや、いいんだ。
ふたりはとてもいい子だったし、迷惑だなんて思ってないよ」
両親の胸で眠るふたりの頭をなでるとくすぐったそうに笑い、そのまま幸せそうな寝顔を見せた。
「それじゃ、俺たちは行くよ」
「はい、本当にありがとうございました」
背中越しに頭を下げるふたりを感じながら、その場を離れた。
ルーカスさんとエルヴィーラさんは、俺たちが見えなくなるまで頭を下げ続け、思わず小さく笑ってしまう。
そんなことをしなくてもいいのにな。
俺は俺がしたいと思ったことをしただけなのにな。
そう思う一方でふたりがどれだけ大切なのか、はっきりと伝わった。
とてもいい子だからな、エレオノーラもエレオノールも。
あれだけ可愛ければ心の底から心配するのも当然だ。
"またどこかで逢おうな"
以前はそう言葉にして俺たちは別れた。
でもまさか、こんな形で再会するとは思っていなかった。
結局、今回もリナと同じで予想していたこととは随分と違ったが、それでももう一度あの一家と再会できたのは幸運だった。
きっともう、逢うことはないだろう。
俺たちは明日この町を出るし、それぞれの道に向かうことになる。
「……大丈夫か、鳴宮。
あんま、顔色が良くないぞ」
「大丈夫だ」
短く答えながら、俺は考えた。
小さくとも多くの人が暮らす町で、なぜ再会できたのかを。
何か特別な意味があるんじゃないかと思えてしまう。
違う。
そうじゃない。
きっと偶然に過ぎない。
それでも俺は、不思議に思える縁について考えながら、夕暮れに染まる美しくもどこか寂しさを強く感じさせる町並みを歩き続けた。




