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結構重いな

 宿泊宿を決めてから冒険者ギルドへ向かい、依頼掲示板で危険種の確認と受付に直接情報を訊ねたが、得られるものは何もなかった。

 それと思われる痕跡も一切見つかっていないらしい。


 そもそもこの周辺は非常に穏やかで、近くに魔物除けの結界が張られていることもあって強い魔物を寄せ付けないと聞いた。

 ダメ元ではあったが、ここでは危険種を見つけるのは難しそうだ。


「喜んでいいのか悪いのかは分かんねぇけど、みんなが安全に暮らしてるならそれでいいか」

「そうだな」


 ギルドを出た俺たちは雑談をしながら、これからどうするかを考えていた。


「なんか腹減ったな」

「夜まで時間もあるし、何か食べるか?」

「お、いいねぇ。

 んじゃ、あそこにしようぜ!」


 嬉しそうに答えるヴェルナさんだった。

 俺も小腹が空いたし、あれを食べようか。


 *  *   


 中央区から少し外れた場所に、その店は以前と変わらずにあった。

 質のいいテーブルと椅子が並び、清潔感のある店内には数名の客が楽しげに語らっていた。


 空いてるテラス席に視線を向けた俺は、店内にいる女性店員に話しかけた。


「テーブルふたつを合わせてもいいか?」

「はーい!

 ご自由にどうぞー!」


 各々腰を掛けながら一息ついた。

 店内から甘い香りが届き、食欲を刺激した。


「テラス席とか、いい店だな!

 解放感があって結構好きだぜ!」

「今日もいい天気ですからね。

 私も休日にはこういった場所でお茶をいただいていました」

「……随分、優雅な生活をしてたんだな、アイナは」


 呆れながら一条は訊ねるが、アイナさんは騎士の家系だと聞いたことがある。

 たしか名門貴族出身のご令嬢だったらしいが、これに関しては言葉遣いや品格の高さからも滲み出ていたから、特に不思議には思わなかったが。


「お待たせしました!

 ご注文は何にしますか?」

「ホットのグミュールティーを無糖で3人分と、ラズベリーソースのパンケーキをフレッシュラズベリー添えで……」


 サウルさんとヴェルナさんに視線を向けて確認し、続けてアイナさんたちに訊ねた。


「3人はどうする?」

「美味しそうですね。

 私も同じものをいただきます。

 ホットのロイヤルミルクティーを砂糖抜きで、シナモンを軽く入れてください」

「……あたしも同じパンケーキを。

 あと、ダージリンのストレートをホットで」

「……なに言ってるか分かんねぇけど、パンケーキは食いてぇ」

「お茶はどうする?」

「わかんねぇから任せる」

「それじゃ、最初から注文するよ。

 ホットのグミュールティーを無糖で4人分と、ラズベリーソースのパンケーキにフレッシュラズベリー添えで6人分、シナモンを軽く入れたホットのロイヤルミルクティーを砂糖抜きでひとつと、ホットのダージリンストレートをひとつで」

「……ダージリンのストレート、と。

 かしこまりましたー!

 それでは少々お待ちください!」


 笑顔で厨房へ向かう女性店員を見送っていると、一条は怪訝そうな顔をしながら訊ねた。


「……そんな呪文に思える言葉をよくまとめられるな、鳴宮……」

「呪文って、お前……。

 "グミュール"はこの国原産だから知らなくても分かるが、それ以外は俺たちの国元にもあるものだぞ……」

「そうなのか?

 お茶っつったら緑茶だろ?」


 ……いつの時代の人間だよ、お前は……。

 確かに緑茶も美味いが、パンケーキには合わないと思うぞ……。


「それにしても、お前ら味覚も似てんだな。

 俺らは全然好みが違うのによ」

「アタシらは似たもん同士だよな。

 笑うツボとかも結構似てるぞ。

 前世じゃ兄弟かもしれねぇな!」

「あぁ、それは俺も考えたことあるぞ。

 なんかハルトとは歳離れた弟って感じもあるからな」

「初耳だな。

 馬の合う友人じゃないのか?」


 他愛無い話を続けながら、視線は女性店員へ自然と向いた。

 笑顔を絶やさず接客をする姿に、以前の彼女と完全に重なった。


「……元気そうだな、リナは」

「あぁ」

「俺たちのこと、さすがに忘れてんだな……」

「恐らくサウルさんたちのように記憶が残る人は、極々限られてると思うよ」

「昨日した約束も急になくなっちまうっていうアレか。

 ……ほんと、"呪い"にしか思えねぇよな……」


 寂しそうに通りを見ながら、ヴェルナさんは答えた。

 リナのことを見ているだけで辛くなったんだろう。

 何ひとつ変わらない元気な姿なのに、俺たちのことはまったく憶えていなさそうだからな。


 きっと、それが"魂を囚われる"ってことなんだな。


「お待たせしました!

 お先、お茶になります!」

「あぁ、ありがとう」


 それぞれの前にカップを置く彼女から視線を外すと、小さな棚に本が数冊並んでいるのが目に映った。

 ……あれは、まさか……。


「……本を……置いてるんだな……」

「はい!

 ご希望があればお持ちしますよ!

 お茶とケーキを楽しみながらお読みいただけるように置いてあるんです!」


 さすがに、俺の言葉の真意は伝わらなかったか。

 まさかあの時の本を、来店客が読めるようにするなんてな。

 リナらしいと言えばらしいが。


「パンケーキもすぐにお持ちしますので、もう少々お待ちください!」

「あぁ……ゆっくり待たせてもらうよ」


 まったく同じ姿をした別人のようなリナに、寂しさを強く感じた。


 ……きっと、これからもそうなんだろうな。

 そういった世界を、俺たちは歩いて行くんだろうな。


「……分かっていたとはいえ、結構重いな……」

「まぁ、慣れたりはしないと思うぞ。

 でもよ、ハルトと行動してなければ、アタシもサウルもリナと同じになってたのは間違いねぇよ……」

「何も知らずに生活するのは悪いことじゃねぇけどよ、これは絶対に違うと俺は断言できるよ」


 サウルさんの言葉に、俺たちは強く同意した。


 すべては魔王だ。

 そんなものがいるから世界は乱れる。


 それを改めさせられる、切ない旅になりそうだな。

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