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あるべき場所に還るだけ

 街門を越えてすぐにある厩舎に隣接された事務所を俺たちは訪ねていた。

 大抵どの町にも同じような施設はあるが、今回来た理由はいつもとは違う。


「あるよ、貸出馬車。

 まだ点検中で出立は早くても明日の早朝になるけど、それでもいいかい?」

「あぁ、それでかまわない。

 料金は先払いか?」

「どっちでもいいよ。

 明日の出立時、御者に払ってくれてもいいからね」


 料金を聞いた俺は、少し驚きながら聞き返した。


「5万リネー?

 もっとかかると思ってたが」

「強い魔物や盗賊も出ないし、馬車の護衛を任せられるならこの前後が相場だよ」


 ストレムブラード王国は、どうやら本当に穏やかな場所が多いようだ。

 そういった場所にこそ悪党が蔓延るものなんだと考えていたが、偏見なのか?

 色々と好条件がそろっていなければ、もう少し値段は取られるみたいだ。

 それでも12万リネーを超える額にはならないらしい。


 もっとも故意に馬車を痛ませた場合、修理費を支払う義務が発生すると乗合馬車組合の男性は話したが、それは当然のことだと思えた。


「……衝撃吸収にイイモン使ってるな。

 ギルド御用達の馬車と同じ種類じゃねぇか」

「お、分かるかい?

 あんた、ギルド専属の御者さんだね?」

「今は冒険者に戻っちまってるけどな。

 乗合に使うものよりいい馬車だな。

 次はこいつを探させてもらうよ」

「それなりに大きい町の組合なら三台は所有してるから、利用するといいよ」


 話が弾むふたりは、手綱やら材質の話を楽しげに話し始めた。


 そう言えばサウルさんの引いてた馬車は、これまで乗ってきた乗合馬車とは違う印象が強かった。

 丁寧に馬を歩かせたとしても、舗装されてない街道はそれなりに揺れるのが当たり前だと思っていたが、どうやらサスペンションに魔道具が組み込まれてるか否かで随分と変わるようだ。

 その分、馬車の値段は高いんだがなと、この場を離れた時に教えてもらった。


「――そんじゃ、明日借りに来るぜ」

「同業者に同行してもらえるのは助かるよ。

 こっちも心置きなく馬車を貸せるからな」


 笑顔で答えた男性の話は、確かにその通りだと思えた。

 乱暴な走らせ方を強要させる連中も多いんだろうな。


 まぁ、個人で馬車を借りようってくらいだ。

 緊急時が多いのも分からなくはないが、それでも馬を第一に考えてほしいもんだと思えてならなかった。


 *  *   


「良く分かんねぇ話も多かったけどよ、なんか楽しそうだったな」

「まぁ、本業だったからな、俺は。

 そういった意味じゃ、冒険者だった頃のほうがずっと短いんだよな」


 これまでの日々を振り返っているのだろう。

 サウルさんはどこか懐かしげで、何よりも寂しそうに遠くを見つめていた。


 ……200年間、だもんな。

 言葉にならないような感情が溢れるのも仕方ないんだろう。


「さすがに記憶が全部蘇ったってわけじゃねぇから、そこまで思い詰めることでもねぇんだけどな」

「そうなのか?

 一気に思い出したんじゃねぇの?」


 一条の言うように、そういったものだと俺も思っていた。

 すべてのピースがはまり、これまでの経験と記憶が補完されるものだと。


 だが、よくよく考えてみれば、それはありえないと思えた。

 まるでリセットされる瞬間、何事もなかったかのように日常へと強制的に引き戻されるような感覚だから、恐らくは断片的な記憶が蘇っているのかもしれないな。


 そうでなければ、たとえ肉体が存在したとしても、膨大な記憶に精神が耐えきれなかった可能性すらあったんじゃないだろうか。


「ま、俺らは俺らで楽しく生きてたからよ。

 今後のこと(・・・・・)を考えても、あんま実感湧かねぇんだよな」

「だな。

 ふたりに会えなくなるのは寂しいけどよ、結局あるべき場所に還るだけだ。

 女神様はアタシらも救ってくれるって言ったし、それほど悪くはねぇよ」

「私たちは、もう十分に生きましたからね。

 心残りがあることと言えば、カナタの行く末を見守れないことでしょうか」

「……どれだけ心配でも、どの道あたしたちには見守れなかった。

 この世界にはこの世界の"法則"があるから、それを越えて他所にはいけない」


 こういう時、俺はどう答えていいのか悩んでしまう。

 何を言っても、あまりいい言葉には聞こえないからな。


「……そんな悲しいこと、言うなよ……」


 震える声が、俺の真横から聞こえた。

 視線を向けると、今にも泣きそうな表情をした一条が、少しだけ後ろを歩く4人を見つめていた。


 ……そうだよな。

 割り切れるわけ、ないよな。


 どうしようもなく悲しいこの世界で、それでも俺たちは歩みを止めずに進み続けなければならない。


 たとえそれが自身の消滅に繋がろうとも、せめて前を向いて歩きたい。

 4人からは、そんな強い決意が感じられた。

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