別人だと言えるほどに
忌々しい"闇の壁"を突破した俺たちは、その場で一息ついた。
俺の身を案じてのことなのは間違いない。
だが以前と違って、対処法を身に着けたからな。
ここで少しでも苦しむようなら、俺は魔王と戦う資格がない。
表情を変えず、けれど確実に心配しながら一条は訊ねた。
「大丈夫か、鳴宮」
「あぁ、問題ない。
"明鏡止水"を使えば闇の影響をかなり軽減させられることも女神様から聞いたし、何度もこの場所で鍛錬をしたからな。
全力とはいかないまでも、ある程度戦えるくらいには鍛えたよ」
「……どこで鍛錬してたのか聞いてなかったけどよ、随分あぶねぇことしてたんだな、お前……」
さすがの一条にも呆れられたか。
文字通りの意味で命懸けの鍛錬だったが、俺たちはその元凶と一戦交えようとしてるんだから、それほど危ないことでもない。
むしろ、ここで鍛錬できないようじゃ足手まといになるからな。
魔王と対峙するためには必須だったんだよ、この場所で鍛えることは。
5分ほど休憩した俺たちは、森の入口へと足を進める。
この辺りはまだ"人除けの結界"が利いてる範囲だが、この先に進めば冒険者たちとも出くわす可能性もあるだろうな。
森を抜け、見通しのいい林を進んで草原に出ると、徐々に町が視界に映った。
ここまで魔物らしい魔物と遭っていないが、いたとしてもイノシシやシカ程度だから、町が近いこともあってそのまま放置して進むことになりそうだな。
「……戻ってきたな」
「あぁ」
感慨深げに話す一条に、俺は一言で返した。
この町からはすぐに離れたが、それでも思い出はあった。
知り合いも数名いるが、たとえ再会したとしても俺たちを覚えていないだろう。
リンドホルム。
ストレムブラード王国最西端に位置する、セーデルホルムの西に位置する町だ。
「相変わらず、静かな町だな。
初めて来た時は"迷わずの森"なんて放置したまま住めるような場所じゃないと思ったけど、そのすべてを理解した今なら違った姿に見えるな」
「だな。
俺も今は随分と落ち着いてるな。
やっぱ、良く分かんねぇ場所なんて、ないほうがいいってことか」
「俺からすれば"静かすぎる田舎町"って感じは変わらねぇな。
まぁそれはどこの町もそうだけどよ、いかに俺らの生まれ育った場所が住みにくいかを知ったような気がするぜ」
そう思えるのは人口密度の差だろうな、きっと。
随分と町を回ったが、どこも静かなイメージはなくならなかった。
だからこそ住みやすいと俺は感じたんだが、一条にとっては静かすぎるんだな。
「俺はこの世界の、こういった静かな部分を好むよ。
それでも住むなら湖の畔がいいな」
「ヴァレニウスか。
あの町は魚も美味かったし、いい町だよな。
アタシとしちゃ肉も食いたいけどよ、それならそれで売ってる店を探せばいいだけだから、確かに住みやすい町だったな」
「……お魚が美味しいのも、すべては湖の水質のお陰。
あたしも住むならああいった静かな場所がいい」
「いいですね。
私も湖の畔でのんびりとお昼寝がしたいです」
「そういや釣り大会じゃ、最初から最後まで寝てたな、アイナは……」
よっぽど心労が重なったんだろうな、とは口にできなかったが、今の一条ならそれも理解できるようだな。
随分と成長したもんだと思える言葉が飛び出した。
「……悪かったよ。
でも今度はそんなことさせねぇからな」
思わず足を止めたアイナさんとレイラ。
目を丸くしたまま、ふたりは言葉にした。
「……驚いた。
カナタがこんなに"いい子"になるなんて……」
「……えぇ。
驚きで、言葉が浮かんできません……」
「そんなに驚くこたぁねぇだろ……」
呆れながら一条は答えるが、正直に言えば俺も驚いてる。
初めて会った時から比べれば、もう別人だと言えるほどに変わった。
その成長を素直に喜ぶべきなんだろうけど、思えば同い年なんだよな。
俺の周りには一条みたいなやかましいやつはいなかったし、佳菜のような落ち着いた性格の人ばかりが集まってた気がする。
これも"類は友を呼ぶ"ってことなんだろうか。
ともかく、精神面で大きく成長してくれたのはありがたい。
アイナさんとレイラの3人で旅をしていた時は喧嘩もしてたみたいだし、これならふたりも静かな旅ができそうだな。
「そんで、どうする?
このまま宿に向かうのか?」
「いや、馬車を借りよう。
早ければ明日の便で出立できる」
「そうだったな」
どこか寂しさを含ませながら、一条は納得した。
少し忙しない旅になるが、本音を言えば時間が惜しい。
"先見の女神様"が味方にいる以上、予定が変更することはまずありえないが、そうなる保証に甘えたまま旅を続けないほうがいいからな。
時間を調整するなら、もっと進んでからだ。
馬車にトラブルがないとも言い切れないし、この世界には危険種と呼ばれる凶悪な魔物も生息する。
場合によっては馬車自体が動かせないことも十分に考えられる。
今はできるだけ先を目指したいところだな。
「本音を言えば出遭いたいが、探して見つかるものでもないか」
「……お前、まさか俺に単独で危険種と戦わせる気か……」
ぽつりと呟く俺に、呆れたような一条の言葉が耳に届いた。
そう言いたくなる気持ちも強いだろうが、実戦経験は多い方がいいからな。
「今の一条なら問題ないはずだ。
むしろ事前情報なしで戦えるような強敵が欲しいんだよ」
「なら、あとで冒険者ギルドで噂を聞いてみようぜ。
もし痕跡があって場所が近いなら、そん時に考えればいいさ」
サウルさんの言葉に頷く一同と不満げな一条を連れ、厩舎へと向かう。
寂しさを強く感じさせる半透明の住民とすれ違いながら、俺たちは足を進めた。




