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たったそれだけを

 ともかく完全耐性持ちが出現すれば、魔王どころの話ではなくなることだけは間違いない。

 俺はもちろん、一条ですらどうしようもない相手だからな。


 対処できるのは、それこそ女神であるアリアレルア様だけになる。

 それも地上に相当の被害を与えることになりかねない以上、世界が崩壊する危機に直面することになるだろう。


 恐らく敵の狙いはそこにもあるのか。

 討伐されなければ地上を消し去り、仮に管理者が地上へ顕現しても神の手で(・・・・)世界を崩壊させる。

 最悪としか言いようのない手段を平気で取るんだな、敵は。


 魔王はそんな連中、もしくは単独犯が送り込んだ刺客。

 この世界にいる住民には討伐できない相手と踏んだ上で、召喚される勇者のみに警戒していたのか。


 ……いや、違うな。

 そうであれば勇者を真っ先に消せばいいだけだ。

 それをせずにリヒテンベルグへ向かわせた。


 その理由は、光の壁を無効化させるため。

 停滞するようにへばりつく闇を発動させ、勇者の力を逆に利用しようとした。


 性格がはっきりと分かるような下衆さに苛立ちが募る。

 魔王を使役してるやつを理解するなんて、絶対にできないな。


 だが、ひとつ気になることができた。

 敵のやり口を考えれば低い可能性ではあるが、念のため"先見の女神様"に訊ねるべきだと思えた。


「魔王が再び世界を覆い尽くす闇を放つ可能性は?」

「ありません。

 たとえ追い詰めたとしても発現させることは不可能です。

 むしろ最悪の攻撃が一度きりだからこそ、私は静観しています。

 地上へ顕現して魔王を討伐すれば、確実に世界は崩れ去りますから」


 もしも凄まじい闇を放てるのなら、とっくに世界は滅んでいる、か。


 しかし、事はそう単純な話でもなかった。

 魔王に世界を掌握された200年もの間に、これまで見られなかった現象が起き始めているとアリアレルア様は話した。


「調べたところ、魂が限界に近づいてることで厄介な事案が出始めています。

 ハルトさんの周りでも2件、関わっているんですよ」

「……まさか、リクさんの一件とパルムの帝国兵か……」

「はい」


 女神様は短く答えた。

 同時に、その意味を深く理解した。

 百害あって一利なしだな……。


「……どういうことだよ、鳴宮」

「お前にもある程度は話したろ?」

「詳しくは知らねぇぞ」

「正確なところは俺も分からないが、魔王の闇に引きづり込まれたってことか」


 魂が闇に引っ張られたのか、それとも魔王の指示通りに動く人形に成り果てたのかは判断がつかないが、少なくとも異常な事態だったことは間違いなさそうだ。


「とても稀な事象ではありますが、危険な状態となった魂がまるで魔王の意志にも思える動きを見せたようです。

 ゼイルストラ帝国の現皇帝は保守派で知られていますが、彼女もまた200年前から記憶を引き継いでいますので無関係と言えるでしょうね。

 むしろ暴走を止めようと働きかけていました」


 世界がこんな状態だと知ってるからこそ手を出さずにいるのか。

 他国に出兵させれば中途半端に記憶がなくなる可能性もある。

 大人数での状態でそんなことになればどうなるのか、予想もつかないと判断してのことかもしれないな。



 だが、ひとたび影響を受け過ぎれば、押さえきれないほどの破壊衝動が溢れ出すのか。


 リクさんの弟子も狂ったように暴れ出したようだと女神様は続けた。

 理由も詳細もそれほど聞いてないし、そこまで深く関わるのは良くないと判断したが、もし俺が事件に介入していれば違った印象を受けていたんだろうな。


 だがもうひとつの件は、さすがに鳥肌が立った。

 あれはパルムの住民が全滅しかけた最悪の事件だからな。


 わずかでも何かがずれていれば。

 今でも時々思い出すことがあるほどだ。


「……まさか、あの時の兵士どもが……」

「初期段階でしたので会話はできましたが、リクさんのお弟子さんの一件は相当大変だったようです」


 どうやら完全に狂った状態だったのか。

 だとすれば結果を聞く必要はないな。


「数か月から半年で記憶が消失するような状態も、魔王による魂の束縛が原因ですが、ひとたび深い影響を受ければ正常な状態へ戻ることはありません」


 200年も闇に囚われたままなんだから仕方ないと思う一方で、全ての元凶がひとつに集約していることだけは忘れてはいけないと強く感じた。


 冷静になって考えてみれば、3通りがあるようだな。

 闇に包まれた瞬間、何が起きたのかを理解した者。

 記憶を消失しながらも普段と同じように生活する者。

 そして、ここ最近で急激な変化をもたらした者だ。


「魔王が動き出さなければ、もっと多くの人たちが狂うってことだな」

「はい」


 そうなれば、文字通りの意味で地獄絵図になる。

 もしかしたら理性を保てる人のほうが少ないかもしれない。

 そんな混沌とした世界を、魔王はほくそ笑みながら上から見下ろしているんだろうな。


 さすがに一条も理解できたんだな。

 魔王がどれだけ最悪な存在なのかを。


「……クズ野郎が……」

「気持ちは分かるし、俺も同意するが落ち着け」

「でもよ!

 ……そんなやつ、赦せるわけ……ねぇじゃねぇか……」

「赦す必要なんてない。

 それでも気負い過ぎれば動きが鈍る。

 何のために俺たちはこれまで修練を積んできた?」

「そりゃお前――!

 ……そうだな。

 そうだよな」

「あぁ」


 魔王を倒す。

 たったそれだけを考えていればいい。

 お前は余計なことを考えすぎるから動きに迷いが出る。

 それさえなくなれば、最高の状態で戦えるはずだ。

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